ビン詰めの心臓
「…さて、嬢ちゃん悪いんだが少し喉をみせてもらってもいいか?」常服を纏っている神父であろうその人は私に目線を合わせ、少し深刻そうにそう告げた。
何故こうなったと頭を抱えたい気持ちにかられる。目の前にいるその人は大人、だ。出て行って帰ってきたと思ったら瓶を持った神父さんを連れて来た眼鏡の人にやっぱり私が怪しいからかと必死に言い訳を考える。
喉…?もしかしてさっき走り過ぎでゲホゲホしていたのを…いやでも今はもう少しヒリヒリするだけだし見ても…そう思うものあまりに真剣な目なものだから言葉どうりに口を開ける。言い訳を考える頭が急展開に追いついていかない。
「いい子だ」
険しかった目がほんのり優しさを帯び、また真剣な目になりクイっと少し皮膚の硬い指が私の顎を捉え固定した。カチ、カチと秒針の音が部屋を支配する。緊張からか勝手に喉が何かを飲み込むようにこくりと動いてしまった。
「…雪男」
「神父さん、やっぱり…」
「…赤くなってるだけだな」
「…!」
「ああ、なんともねぇよ」
よかった、とどこかホッとしたように息をついた眼鏡の彼にそんなに心配をかけていたのかと開放された頭を下げることで謝罪を述べる。
「にしても派手に転んだのか?女の子が傷作っちゃいかんぞ」
わしゃわしゃと大きな手から温度が伝わり頭を撫でられ、本来なら温かい気持ちになる筈の行為にサッと血が引いた。なんて言い訳を、しよう。キョロキョロと勝手に目玉が彷徨い、動くな動くなと思ってもこっちを見つめる確かな視線にそれから逃げようと言うとこを聞かない。
「んまあ、こっからが本題だな、腹割って話そうか」
優しく微笑んでくれているのに、頭は正常に働かない。
「(やばい、やばい、どうしよう)」
「とりあえず落ち着け、な?名前、言えるか?」
ああどうしよう、家を聞かれて叔父さん叔母さんに連絡されたら。
今でも充分嫌な目で見られているのにこんなに早く問題なんて起こしたら、私。
「な、夏目…みこと、です…」
震える唇から掠れた声がなんとか名前を告げる。
黙っているのはあまり得策ではないことは今までの経験で学んでいる。
「そうか、みことちゃんな。俺はこの修道院の神父やってる藤本獅郎だ。
見えないかもしれないが一応聖職者な」
落ち着けるようにトントン背を撫でられたってどうしても落ち着けない。
なんて言えば納得してもらえる?
どうやって言えば黙って帰してもらえる?
こんなにいいわけに困ったのは初めてかもしれない。
そもそもこうやって見ず知らずの私が家に入ってしまっている時点でもう逃れようがない気がしてしまっている。こんな時どうしたらいいんだ。
「そこで、だ」
今までずっと脇に抱えていた瓶を持ち私の目の前に突きつける。
瓶の向こうから藤本さんの赤い目と目が合う。
「…何が見える?」
何が、見える?
ゆっくり言葉を噛み砕き理解して瓶の中をマジマジと見つめる。
瓶の中には何故か包装されている飴が入っておりしっかり蓋までしてあるようだが、それを答えれば良いのだろうかと不安になるがあまり回らない頭ではそれをそのまま口にするしかなかった。
「……あめ…?」
「、おう!正解だ!ご褒美にほら、喉にいいやつだから食え」
そう笑いながら私の目の前で蓋をあけ、瓶を傾け自分の手のひらにそれを転がし私に差し出した。
ありがとうございます、と口は動くが状況判断ができない。
己の手に乗った飴を見つめていると上から苦笑が聞こえた。
「言いたいことなら懺悔室ででもどこでも聞くが言いたくないこと無理に言えとはいわねぇよ。これでも神父だぞ?」
だからそんな怯えんな?
ポンポンと頭を撫でられ今度は何故が簡単に落ち着いた。
わかってはいたがこの家の人は優しいらしい、だってこんな怪しい奴の手当てまでしてくれて、こんな言葉までかけてくれる。
「落ち着くまで此処にいたらいい。帰りは危ねえから雪男、送ってやれ。」
「はい、昼間と言ってもそういう人はいますからね…」
なんとか会話を理解して、やっと安心した。
どうやら私は変な"人"に襲われて必死に逃げるうちにあちこち怪我をした、と言う風に彼らの中で纏めてくれたらしい。
あながち間違いではないのだが此処で無理に送ってもらうことを否定してしまうと余計に怪しいかと思い、口を開いてまたとじた。
「えっと、呼ばれてるから分かるかも知れないけど奥村雪男です。いきなり此処に連れて来たりしてすみません。…その、怖がらせてしまったみたいで…」
みるみるうちにシュンとしていく彼に慌てて首を振り、そんなことは決してないと伝える。
怪我まで治療してもらい、本当に迷惑をかけたのは私だ。
彼と藤本さんの姓が違うことに気がついたが、私自身もそういう環境にあるので知らないフリをする。
確かに彼は先程、藤本さんを父さん、と呼んだのだ。
それで理解するには充分だった。
私の様子をみて少し表情の解れた彼は外に水を撒いてくると藤本さんに伝え出ていってしまった。
ぼんやりと扉を見つめているとすぐに藤本さんの携帯であろう電子音が部屋に響いた。
「おっと、すまんがすこし外すな」
ニカッと笑いながら携帯片手に扉へ向かう藤本さんにコクリと頷く。
パタンと扉がしまり無意識に力をいれてしまっていた肩に気がついて苦笑してしまう。
「(なれないな、なんか)」
これくらいの怪我ならなんとか自分で手当して隠していたし、人の体温を感じるなんて久しぶりな気がする。
見ず知らずの私にこんなに良くしてくれるのはここが教会だからなのか。
でもこれ以上甘えるのは本当に良くないな、と思い奥村君が水を撒き終わったら帰らせて貰おうと考える。
尚更、この新しい環境を大事にしたいとそう思った。
「なぁ、ジジ…イ……あ?」
突然ガチャっとあいた扉から覗くその人は、また知らない彼だった。
投稿日:2017/1030
更新日:2017/1030