ビン詰めの心臓

「は?」


ジジイの部屋にノックなどせず無遠慮に入ると、女がいた。
しらない奴。
とりあえずと、パタンと扉を閉じ中に入る。
ギシギシと古い床が俺と一緒に女に近づく。
相変わらずわけの分からない分厚い本の匂いのする部屋だと思うと同時にあのジジイ本当にこれ読むのかよと疑う。

ジジイの客か?
とも思ったがそのジジイがいない。
それになんとなくそれは間違いな気がして、頭の中で誰だこいつはと言う言葉がクルクル回る。
そんでもってジジイはどこだそういや。
部屋で何時の間にか寝ていたらしく起きたらいた筈の雪男がいなくなっていた。
外に出ているならついでに買い物を頼もうと思ったのだ。
生憎俺は携帯を持っていないのでジジイの携帯借りてメールででも買って欲しい物を伝えて貰おうと思いここに来た。でないと今晩の家の晩飯は米だけだ。


「(ジジイの隠し子……ありえそうで怖ェ)」


近くにきて分かったのはやけに白いなと言うのと折れちまいそうな印象を持ったこと。
パッと見で服のサイズあってねぇのがわかる。
なんつーか似合わねぇ。
街で見る様な女の服ではなく俺でも着れそうな種類の服で雪男が体育のジャージ着てる時くらい似合わねぇ。
雪男のジャージは笑える。
笑ったら殴られたが。

……折れちまいそうなってか、弱そうだなこいつ。
女子ってこんなに弱そうだったかと考え中学にいた女子とは全然タイプの違う奴だと思い、何故かジックリと顔を見たくて下から覗く様に背を丸める。
後から思えばとんでもねぇことしてた気がする。
まず普段の俺ならこの状況で部屋には入らない。
驚いたのか、ピクリと肩を揺らし見開いた眼が俺を捉えた。
その瞬間グラリと頭の中のどっかがぶっ飛ぶような感じがした。

カチリなんてありえない音かもしれないが、それがぴったりだ。
眼が合わさった時の全てが、カチリと音を立てたのだ。
それは直ぐに彼女が逸らしてしまったので少しの間だけだった。
キョロキョロと安定しない目玉をジッと見つめる。
もう一度此方を見ないだろうかと何処かで思うが忙しそうな眼はなかなか此方に向かない。

眼の真ん中の色までハッキリと見える程の距離にあるのに、それすら煩わしく思い、もっとよく見たいと身を乗り出す。
うまく表現できない目の前の奴はいったい誰なのか。


「(あれ…なんだ…?)」


その時ふと、鼻を掠めた匂い。
一瞬だったがクラクラさせられる様な良い匂いだった。
どこだと気になり、スンスンと鼻を鳴らす。
身を捩った女に付き纏うように動いた匂いに、こいつからするのかとどこか納得する。


「……(あ、)」


ふと、彼女の左手の薬指に小さな切り傷を見つけた。
本当に浅いそれはいつ切ったのかは知らないが塞がりつつあるのだろうと思う。
無意識だったんだ。


「(…血が、)」


そしてその赤色を見て、身体がカッと暑くなる様な感覚と麻痺したように言う事を聞かない身体。
なんだこれ。
パシリと手を掴めばビクリとした震えが俺の手につたわったが構わず手首を持ち上げる。
俺の手に掴まれたそれは頼りなく、細く、軽かった。
ぼんやりと自分の指が女の手首を余裕で一周以上回っているのを見て更に弱々しさを強調させる。
自分の目線に合わせる為に顔を覗いたまま屈んでいた身体をそのままに、手首を持ってくれば一層匂いは濃くなった。
そして気がついたら俺はその薬指の傷口を自分の口の中にほうりこんでいた。


「…!」


「………う、わ…悪ィ!!!!」


流石に腕を引く素振りを見せた女に本当にハッとさせられた。
ぎゃーっと両手を挙げて二、三歩仰け反るように後ずさる。
今、俺は何をしていた?


「その、あの…俺、…悪い…。」


何してたっつーかいやいやいや!!
変態か俺は!!

チラっと女を見上げる。
そしてきっと俺は本当の意味できちんと彼女の顔を見たのだ。
それまでは眼ばかり見ていた自分の眼が正常に彼女を映した。
ポカン、とした表情につられるようにポカンとしてしまうがきっと意味は違う。
綺麗だって言葉がすんなりと頭を支配した。
それは景色をみてそう思うような感覚で、違和感なく思ったのだ。


「…え、っと……お前、」


「……あれ、兄さん?」


扉が開く音と聞き慣れた弟の声がその後すぐに聞こえた。





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投稿日:2017/1030
  更新日:2017/1030