虚ろなピティー

制服を受け取りに来た大きな百貨店の自動ドアを潜るとすこし先にニャンコ先生の後ろ姿が見えてひっそりと笑いながらそこに向かう。
あれから数日経ったが、藤本さんの家に出向く暇はあっても一向にお礼が思いつかず結局は今日まで何もできずに来てしまっていた。ニャンコ先生は吉備さんの家の周辺で野良猫のような生活をしているらしく、偶にご飯を狙いにやってくるくらいで用心棒らしくは全くない。
あの日、制服を合わせに行くのは精神的にも肉体的にも辛かったので後日に行ったのだが相当遅い方だったらしく店員に驚かれ、同じように制服を合わせに来ている人はおらず制服売り場はガランとしていた。黒いセーラーに赤いラインと赤いリボン。きっとリボンは早々に無くしてしまうだろうと思ったが、勝手に二つ買うこともできないので気をつけるしかないだろうと思いながら貰っていたお金で制服を注文した。

領収書を鞄へ入れる際に見えた友人帳と鍵を最後に確認していこう、と先生に声をかければ百貨店に来ている客のペットだろうリードで繋がれた犬に喧嘩を売って遊んでいたのでため息をついた。
ここに来てすぐに共働きだからと渡された合鍵は無くさないように細心の注意をはらっている。以前にも別の家で合鍵を渡されたことがあったのだがカラスのような妖に奪われてしまうということをして騒いだことがあったので苦い思い出として根付いている。ついでに言うと制服のリボンに関しても同じような経緯があったことは言わずもがなだ。
私の行く高校は…南聖十字校というのだが入学式は他校よりも早いらしくもう三日後に入学式を控えている。そう思えばいかに制服の注文がギリギリだったかを実感する。
奥村君に言われていたので多少覚悟していたのだが試しに高校の近くに行ってみて彼の言葉が正しかったのだと思い知った、絶望した。赤いスプレーで落書きされた壁を見た時には思わず二度見してしまったくらいだ。そこに書かれていた“FACK YOU!”は恐らくスペルミスだと思う。その時ついてきていたニャンコ先生が私の顔を見て思いっきり笑って来たので遠慮なく制裁を加えさせていただきました。
大きな箱に入っている制服をこれまた大きな紙袋に入れているので肩にかけていてもずり落ちてくる、それを何度目か直しながら歩いていた時にふと、そういえばとニャンコ先生が声をあげた。


「それにしてもお前、居候なのだなやはり」


「やはりって?」


レイコのような人嫌いの匂いがプンプンするわ、どういう意味だと聞き返せばそんな返答が返ってきて少しだけムッとする。人嫌いって…そんなことはないと言えば無視される。話を振って置いてなんだこのニャンコめ。
それにレイコさんだって人嫌いだったかどうかは分からないじゃないか。ムッとしつつ目の前に漂っていた黒い粒を手で振りはらえば怪訝そうな声でおい、とまた声をかけられた。


「前から思っておったのだが、みこと、お前なにをはらっておるのだ、虫か?虫にでもたかられておるのか?」


ビンタでもしてやろうかと思ったが先生にはこれが見えないのかとふと思い出した。これは悪魔とかいうやつで、妖とは違うらしい。正直なところあまりよく分かっていないので先生に説明のしようもないのだがどうしたものかと少し思案する。
その考えている間に無視か?虫か?むっしっしー!と先生が騒ぎ始めたのでどうでもよくなり屈んで拳骨をお見舞いしてやった。


「お前日に日に乱暴になってきたぞ!」


「その理由を胸に手を当てて考えてください」


涙目でこちらを見上げてくるニャンコ先生に全く良心が痛まないあたり私もこの妖にだいぶ慣れてしまったなとため息をつきそうになった。きっとそう思っていてもそれは思い込みで、妖なんて慣れることなど無いのだろうけれど。


「…あ」


なんかいる。
なんか、というよりもこの前藤本さんの家の前で見たあの不気味な奴だ。どこを見るわけでもなくボンヤリと突っ立っている様に見えるがそれでもその存在感は相変わらず肌を泡立てさせるような雰囲気を持っていた。ぞわりと体が拒絶したその空気に思わず足を止めそうになったが、ニャンコ先生はすたすたと進んでいくのを目に留めてなんとか止まらずに済んだ。
なにもなく通り過ぎてホッと一息ついて振り返る。当たり前の様にそれはおらず、たまらずに先生に問いかけてしまう。


「…先生、あれって」


「ああいうものには関わらないのが一番だ」


そうだろうけれど、そういうことじゃなくて。
どういった類のものなのかを聞きたかったのだが様子からして教えてくれそうにはないので諦めて歩みを進める。そういえば今日はあれの周りに黒い奴らはいなかったなともう一度振り返ってみたが少し遠くから自転車がこちらに向かって来ているのしか見えず、内心首を傾げる。
そんな私を先生がジッと見ていただなんて私には気が付けるはずもなかった。






 - return - 

投稿日:2017/1126
  更新日:2017/1126