虚ろなピティー
「あ、れ…夏目さん?」
大きな荷物を持ってボンヤリと突っ立っていた彼女を見つけたのは本屋に行った帰り道で、声をかければはっとした様に振り向いた彼女は数日前にあった時と変わらない様子だった。サッと目を走らせて怪我をしていないかを確認してしまったのは、会う度(と言っても二回だが)どこかしら傷をつけているからである。そして彼女の見ていた方向に目を向けて、もしや悪魔でも見ていたのだろうかと思い至って探したのだがその影も見つからずやっとホッと息をついた。少なからず慣れない視界に戸惑っているであろうことは分かってあげられるのだがしかし、自分は彼女にその手の話を結局していなかったことを思い出して閉口してしまう。突然悪魔もいない中で見えるようになったんですね、なんて聞けるほど自分はフレンドリーではないのだ。
こんにちは、奥村君。と笑顔を向けて挨拶をくれた彼女にそれを返しながら数日前の出来事が頭をよぎった。誰かのお下がりなのであろう男物の服は彼女には少し大きめで袖が余ってしまうのか折り返している。兄さんがみことの格好って変だよな、と彼女が帰った後に言っていたものだからこうして気にして見てみれば確かにその通りで、彼女に悟られないように少し眉を下げてしまった。
「今日はどうしたんですか?」
「制服を取りに行ってたんで、おわっ」
大きな紙袋を主張させる様に軽く肩を上げてそう教えてくれた夏目さんだったのだが、途中でぐらりと体をこちらにつんのめった様に倒してきてぎょっとしてしまう。大丈夫か、と聞く前に視線を下に向けていた夏目さんが怒ったような口調で声を発したのでつられて足元に目を向ける。
「なにするのニャンコ先生!危ないでしょ!」
猫、なのかなんなのか。
思わず悪魔!?と叫びそうになったのを耐えた自分の忍耐をほめたたえながらもその生物と彼女の知ったような口調に動揺しつつもそれを観察する。白くて丸く、ほぼ二頭身のバランスであると言っていいほどの顔の大きさ。これが子猫であればまだわかるのだが明らかに成長しきった大きさの猫は三毛猫の様にも見えなくもないがそれにしては随分はっきりと色が分かれていて不気味だった。
こちらの視線を感じたのかふと半月のような目がこちらに向いて視線があう。しかしすぐに微塵も興味を持っていないかのように顔を反らされてしまって、そのままぽてぽてと夏目さんの足元から離れて行ってしまった。その背中を見つめながら言い損ねた言葉をなんとか紡いで大丈夫だったかを問えば少し慌てたように彼女がよろめいた為縮まっていた距離を再び保ちながら説明をしてくれた。
「あ、え、っとニャンコ先生は最近あった猫で…飼って…て」
「…かわいい、ですね」
「無理しなくて大丈夫ですよ」
それまでしどろもどろに言葉に困っていた彼女だが僕の反射的に出た社交辞令はバッサリと切り捨てた。それに少し驚きながらも確かにああ言ったがお世辞にも可愛くはなかったと思いなおす。猫に向けていた言葉を思いだしそういえば彼女のあんな口調を始めて聞いたな、と思うと同時にニャンコ先生だなんて珍しい名前を付けたものだなとだんだんと面白くなってきてしまい、つい噴き出してしまう。この前の吉備さんの様子からペットを飼うなんて言い出せず外でこっそり買っているのだろうなと解釈しながら、飼い主である夏目さんにまでこんなに明確に可愛くないと思われているあの猫も、思い出せば思い出すほど変な猫だったと思ってしまうのも、そんな猫を飼おうと思った夏目さんも、ネーミングセンスも。悪いとは思ったのだがどうにも面白さが勝ってしまい
「ははっ、そうですね。す、すみません」
「…奥村君は買い物ですか?」
少し恥ずかしそうにしてそう話題を変えた彼女に、ええ、と彼女がしたように手に持った本屋の袋を持ち上げて見せる。そしてそろそろ昼食時だと思い出し、そうだと思いつく。家を出た時にはもう兄さんが昼食の準備を始めていたからきっと丁度できているはずだ。家庭的なあの兄は毎回冷蔵庫に一食分は保存するように常に大目に作っているし、彼女を急に連れて行ったとしても大丈夫だろう。普段の僕なら、会っても間もない人を誘うようなことなどしないのだが、少し気分が高まっていたのかもしれない。それこそ僕はそこまでフレンドリーな人間ではないのだから。いや、もしかしたら同情だったのかもしれないし、なにか助けになればというエゴイズムな考えがあったのかもしれない。理由を付けるとしたらなんだろうか、しかしこの時は特に考えずに思いついたことをしたいと思ってしまい、遠慮した彼女を半ば強引に我が家に連れていこうと口を開いたのだった。
「あの、お昼まだですか?」
投稿日:2017/1126
更新日:2017/1126