虚ろなピティー


「っよ!みことちゃん、元気してたか?」


「こ、こんにちは藤本さん、お邪魔してます」


居間に戻ればそこには席に座って笑顔を浮かべている藤本さんがいて慌てて頭を下げる。心のなかでこの間も不在時にお邪魔してしまってすみませんと付け足しながら、いいっていいってとカラカラ笑う彼に体がホッとしたのを感じた。「もっと来てくれた方がオジサン嬉しいんだけどなー」なんて嬉しすぎる言葉までいただいてしまってついこちらも笑ってしまった。不思議と、人を笑わせる力のある人がいるのだといつか聞いた記憶があったがこの人のような人の事をいうのだろうなと確信する。
もう机には食事が並べられていて、奥村君はちゃんとしたのじゃないだなんて言っていたがそんなの嘘っぱちだと思った。味は保証するよ、なんて言っていた奥村君を思い出してその通りなのだろうことが食べる前から分かって、すごいなぁと純粋に思う。あまりにもまじまじと料理を見過ぎていたのかエプロンを外しながらあんま期待すんなよ、なんて奥村君に言われてしまったがそれは無理だろうと思ったのはしょうがないだろう。座った座った、と藤本さんが自分の座る席の隣の椅子を引いて促してくれたのでありがとうございますとそこへ腰掛ける。


「ほい、割箸で悪いな」


「あ、ううん、ありがとう」


座った席に態々食器やらコップやらを持ってきてくれた奥村君にそう言われながら渡されたのはお手元、と印刷された箸袋に入れられた割箸で座る前になにか手伝うべきだっただろうかとご馳走になる身分をハッと思い出したがその時には手際のよすぎる奥村君は全ての準備を終えて椅子に腰かけていた。
藤本さんとは逆側の隣に座った奥村君がペットボトルを持ちながらお茶で大丈夫ですか?と聞かれた時には至れり尽くせり過ぎてどうしていいかわからず、かといって自分で注ぎますなんてキャップも外してこちらに問いかけてくる奥村君に言える勇気もなく、大丈夫ですと頷いて答えれば案の定注いでもらってしまって流石に恐縮してしまいそうだった。


「そんじゃーいただきます」


「いただきます」


「おー、喰え喰え、いただきます」


「い、いただきます……」


こういったまっさらな他人様の家庭の生活の一部を見たことのなかった私はなんだかすごく新鮮で、きちんと手まで合わせてそう食前の挨拶をする彼らに倣って手を合わせる。そうか、教会だし当たり前なのかもしれないと思い出しながらも割箸をぱきん、と割る。力の入れ方が悪かったのか少々不格好になってしまってそれを見た藤本さんが横で笑ってくれて。
なんだか本当にこの家の中は、夢の中のようだ。


「…おいしい…」


野菜炒めを箸でつまんで、ぱくり。
案の定というか、そう口から勝手に言葉が零れてしまうほどおいしい料理に笑顔が零れる。
チラリとこれらを作ったという奥村君に、無性になにか伝えたくなってしまって言葉が思いつく前にそちらに目をやれば机に顔を突っ伏してしまっていて驚いてしまう。


「兄さん緊張してたから安心したんでしょ」


「まったく燐はシャイだなー」


「ううううううっせ!!」


そんなやりとりに、初めてここに来た時の事を思い出した。
あの時も奥村君はココアを入れてくれて、緊張していた私にそれが私だけではないと教えてくれて、こんな風に二人が奥村君をからかって。
あんまり人に食べさせる機会ねーからだよ!と起き上ってわしゃわしゃとご飯を掻きこむ奥村君の頬が少し赤くなっているのを見つけてしまって、なんだか胸がいっぱいになってしまった。
どうしたらいいのだろう、私はこの人たちにどうしてもこの感謝の気持ちを伝えたい。その方法すら、私は知らないのにどうしても今回ばかりは彼らに感謝をしたいと思ったのだ。
箸を止めてしまった私に、藤本さんがちゃんと食えよーなんて言ってくれるが、下唇を噛んで言葉を閉じ込めている私にはそれが難しくって困る。違うんです、おいしくて、もっと食べたいです、でも。


「どうしたら、お礼ができますか?」


馬鹿な私は自分でいくら考えても分からなくなってしまって、それに耐えられなくなって結局彼らに問うてしまっていた。





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投稿日:2017/1126
  更新日:2017/1126