虚ろなピティー
どうしたらお礼ができますか
そんなことを赤い顔で言った彼女に、今の様に笑ってくれれば神父さんは喜ぶだろうと思った。こんな風に笑うのかこの人は、綺麗な笑顔は蝋燭の灯りの様にすぐに風で消し飛んでしまいそうなほど儚げで、それこそ一瞬で消えてしまったが頭に残るようなものだった。
少なからず彼女の身の上を勝手に知ってしまっている僕と兄さんだってそんな彼女をみれば安心するし、嬉しくも思う。
しかし、神父さんはそんな僕の安っぽい言葉になんて到底かなわないような事を言ってのけるからああ凄いなとどうやったって思い知らされる。
「そうだなぁそれじゃあその制服を着てもらおうかな!」
箸で彼女が持ってきていた紙袋を指し示しながらにやりと笑う。その言葉にポカンとした彼女はまだそれを理解できていないのか固まったままで神父さんが「いやな、燐から聞いたんだが」と続きを自ら話す。
「みことちゃん通うのって南校なんだろ?確か入学式がもうすぐだったと思ったんだが…」
「はい、三日後です」
「俺見に行こうと思ってたんだけどよー、生憎予定が入りそうでな?」
え、と今度こそ硬直してしまったかのように体を固めてしまった夏目さんは何を思っているのだろうか。
神父さんは不器用に見えて全然そんなことはなく、簡単に人の深いところに入り込む。それこそ聖職者としてはとてもその本質にかなっているのだろう。ずけずけと強引かと思えばそうではなく相手の心というものを解していって気が付いたらそこに入り込んでいっているようなそんな質なんだろう。
「で、も…」
「な?頼む」
そうやって本当にこの人がそれを願っているのだから、夏目さんは受け取るしかできないだろう。お礼がしたいといった彼女なのに、それをこんな形で求める父を、僕は尊敬してやまない。
だからまだ迷っている彼女に僕も背中を押す。
「よかったら僕からもお願いしてもいいですか?もうすぐ寮にはいるので……」
そこまで言われてしまえば彼女の性格上きっと断れないだろう。そう予想した僕の思いは的中して、少し困った様に、しかし確かに嬉しそうにして頷く夏目さんを見つめながらご飯を口に運んだ。
「変態かよジジィ」
「燐、お前はもう少し空気を読める様になろうな」
だいたいそんな風に思うお前の方がムッツリだろ、ん?と兄さんを茶化し始めた神父さんに、チラリと隣の夏目さんを見やれば俯いていてよくは見えなかったが口元は緩やかに弧を描いていて僕まで笑顔が移ってしまった。
そんだけで足りんのか?と兄が問いかけるほど彼女は小食だった。もしかしたら遠慮しているのかもしれないが流石に強引に誘いすぎたかと少しだけ後悔した。神父さんのように上手くやれない僕はいつになったら神父さんに追いつくのだろう。
そんなことをボンヤリと考えながら彼女を部屋に案内する、あのまま居間にいればきっと片づけを手伝うと申しだされてしまいそうで「ごちそうさまでした」と箸をおいた彼女を見て紙袋を持って二階へ促す。慌ててついてくる彼女に僕らの部屋でいいかと歩きながら進めば躊躇いがちに声をかけられた。
「あの、」
「はい?」
「誘ってくださって、ありがとうございました」
そういって頭を下げた彼女に少し呆気にとられてしまう。たった今少しだけ自分の強引さを悔いていたところだったからタイミングの良さに驚いてしまったのだ。
そして顔を上げた彼女の顔が先ほどと同じように笑みが乗っていることに気が付いて狼狽えてしまう。
「そ、んな、僕こそ急に誘ってしまって」
なんだか落ち着かなくなってしまって無意味に首の後ろを掻いてしまう。そんなに、本当に嬉しそうに言われてしまってはそれが心からの言葉であると痛いほどに伝わってしまってどうしていいかわからなくなってしまう。なんて真っすぐな人なのだろうと、この時僕は初めて夏目さんという人の感情に触れたように感じた。神父さんにでもなく兄でもなく僕に向けられたその気持ちを正面から受け取るには気恥しく、上手くできない。
夏目さんはしえみさんに少し似ているのかもしれない、と祓魔師の関係で知り合った同い年の女の子の事を思い出す。
「誘ってもらえて、本当に嬉しかったんです」
「そう、ですか…」
だからなのか、少しだけ惜しいと思った。もう僕はここを離れる。きっと彼女と関わることだってもうほとんどなくなってしまうはずだ。神父さんがこれだけ気にかけているからきっと神父さんや、兄さんとは交友が続くのかもしれないがそこに僕は入らないだろう。それが少しだけ勿体ないと思えてしまってけれどもそんなこと言っても仕方のないことだと分かっている。
「よかったら、また来てください」
だからそれを見えないふりをして笑う僕は少しは大人に成れただろうか。
投稿日:2017/1126
更新日:2017/1126