虚ろなピティー

かちゃかちゃと食器を重ねながらそれらを棚に戻していく。戻ってきた雪男が「僕たちの部屋に案内したよ」なんて抜かした時はこいつ本気でぶん殴ってやろうかと思った。お前はもう出ていくからいいかもしれないが俺だけの部屋になる場所で女子が着替えるとかどうなんだ。それを口に出せばからかわれると流石に分かっていたので耐えたが恨みがましく睨めばただ首を傾げられてしまっただけだった。
家の連中には言われることがあったが、他の人に料理を振る舞っておいしいと言ってもらえたのは初めての事で動揺してしまい食事中に二人にからかわれてしまったのでもう今日はそんなへましないぞと内心で思う。まぁ、それでもああいってもらえたのは素直に嬉しかったのだ。しかもあんな風に笑って言われてしまえば本当においしいと思ってくれているのだと分かってどうにもくすぐったかった。


「といか神父さん、彼女の入学式に行こうとしてたなんて初耳だったよ」


「だって言ってねぇもん」


プーっと頬を膨らませているジジィを見て心の底からキモイと言えば唾を飛ばしながら激怒してきた、自分の歳を考えろおっさん。
それにしても女子ってあんなに喰わないものなのだろうかと食器を洗うためにシンクに向かいながら思う。あいつが戻ってくる前に終わらせてしまおうと腕を捲れば珍しく雪男も手伝う気らしく隣に立って同じく袖を折っていた。濯ぐくらいなら雪男でもできるかとスペースを開ければ少し窮屈に思えたがそれでも一人でやるよりは早いだろうと黙々とスポンジを食器に滑らせる。そこまで量もないから本当にすぐに終わるだろう。


「そういやこの前の事、詳しく聞かなかったよな燐」


「あー?」


「お前がバイトクビになった時にみことちゃん連れてきたんだろ?」


「あー…」


その日はあいつの家の人も来ていて直接はジジィと合わなかったんだったと思い出して顔を顰める。嫌な話を聞かされてから、ずっと気にしてはいたのだ。だがそうはいっても接点など数回の合瀬で出来るはずもなく、家の場所を知っているからと言って押しかけるほどあいつの世話になっている家の人間に俺が良く思われているという訳でも無い。それどころかむしろ悪印象として残ってはいるだろうという始末だ。
そう言えばあの時も結局食べていけと言ってもそうしなかったのだと思い出し、今日こうして来てくれたのはある意味進歩だと感じた。なんの進歩かは分からないが、それでも一歩進んだような気がした。


「だからみことがあんな時間から散歩してたらしくて…っとー、なんだったっけ…」


「その後色々あって夏目さんが少し手を汚してしまったから家で手を洗いに来たんだよ」


溜息を深く吐き出しながら隣でコップをすすいでいた雪男が補足として話を続けてくれたのでそうだそうだと頷いておく。別に忘れていた訳ではないのだが話すには喧嘩をしたことを話さなくてはならないなと思い出してしまって渋ったのだ。いやもう喧嘩したのばれてるんだけど。
雪男の説明で納得したのかは顔が直接見えないので分からないがふーん、という声が聞こえてきただけだった。すべて洗い終えて雪男がすすぐ隙間をぬって手に付いた泡を流して手を拭く。雪男と代わろうかとも思ったがあと数枚の皿を残しているだけだったのでそのまま任せることにして席に座る。


「しかしやっぱり女の子っていうのはいいなー、うちは男ばっかりだから新鮮だしなにより可愛い」


「神父さんまたそれ?」


「ここんとこずっとそれ言ってるよな変態ジジィ」


「変態だと!?俺は純粋に可愛いものを愛でたいんだよ!お前のムッツリよりゃましだ!」


「むむむむむむっつりじゃねー!!」


「あ、の…」


控えめなその声にはっと振り返れば戸から顔を覗きこんでいるみことがいて一気に視線が集まったからか驚いたらしく少しだけその顔を引っ込めた。嫌なタイミングで入ってこられたと落ち着かない気持ちにさせられる。聞いていたのだろうか、いや別に事実ではないのだから焦る必要はないのだが勘違いされるのは嫌だ。


「おお!みことちゃん着替えてきたか!隠れてないでこっちで見せてくれよ!」


「…神父さんちょっとその言い方は…」


「あっ、セクハラか!?これはセクハラになるのか!?」


「え、いや…」


心底困ったように反応を返さないままゆっくりと居間へ入ってきたみことは当たり前だが着替えてきた制服を身に纏っていて、何度か目にしたことのあるセーラー服は色白のみことには嫌に黒く映えた。
でも、まぁこうやってちゃんと女の格好をすれば相当美人ってやつだ、こいつ、多分だけど。元々丈が少し短いのだろうスカートは膝の上で揺れていてそれこそ真っ白い足が細くすらりと伸びている。というかほっそ、大丈夫か、折れそうだぞ。


「いやぁ!可愛いじゃないか!似合ってるぞー!!」


「ええ、似合ってますよ夏目さん」


拍手でもするんじゃないかという勢いで誉めて喜び始めたジジィに驚きながらもサラッと誉める雪男にこいつってこういう所あるよなと歯ぎしりをしたくなった。なんだ紳士ぶりやがって、絶対に俺より雪男の方がムッツリだ、だってこいつもさっき足見てた。
にしても、着る奴によってこうも制服とは印象が変わるものなのかと改めてみことの姿をみて思う。南高の制服はどちらかというともっと着崩されていて、スカートもみことが着ている以上に、それこそパンツ見えるんじゃねーかってぐらいまで短くされている印象が強かったから違うものにすら見える。


「そうだお前ら!そこ並べ、三人とも」


ぽん、と手を叩いてからちょいちょいと手をこまねいて俺と、皿を洗い終えて手を拭いていた雪男を呼んだジジィに二人で首を傾げながらも言うとおりに立ち上がってみことの隣に立つ。あまりじろじろ見るのも可笑しいと思い、かといってどうしてもいいかわからず首の後ろを掻きながら視線をあっちこっちにうろうろとさせる。どうやらジジィは折角だからという意味の分からない理由で写真を撮りたかったらしくいつの間にか携帯を構えていた。


「ほれ、撮るからもっと寄れお前ら」


状況にいまいち付いてこられていないのであろうみことが大きな目をパチクリとさせていて長い睫毛がバサバサとそのたびに揺れた。反対側に立っていた雪男が仕方のなさそうに笑っていて、「ほら兄さんも」なんて言いながらみことの隣に平然と立つものだからなんだか逃げ道を塞がれたような居心地の悪さを感じたが、未だに困ったままのみことが可笑しくてたまにはジジィに付き合うのもいいかと一歩足を進めた。





2015.8.30


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投稿日:2017/1126
  更新日:2017/1126