泣かないで、グレーテル
帰ってくる予定の時間が夕方を過ぎた時間を言っていたのを思い出して、ならば昼と夜は一人でなにか食べないとなあと考えながら先生の尻尾を眺める。歩くとふりふりと少しだけ左右に揺れるそれを可愛いとみるかどうかは人によるのだろうが、猫らしくはないなとは思う。すらっと長くしなやかなそれではなく、丸くてぼてっとしたフォルムは丸めたティッシュに似ているかもしれない。それを見ながら昼は別に食べなくてもいいかと思い、ならばこのお金で藤本さんの家になにか買いに行けないかと足を南十字通りという商店街へと向ける。昨日もお昼はお金を使わなかったので足せばいくらか…なんて思ったが合わせても千円程度だ、買えるものは限られてくるだろうがこれからもこうして貯めていけばいつか良いものが買えるかもしれないなんて希望を持って、下見程度にその通りに行く旨を先生に告げれば「食い物でも買うのか、私は饅頭でいいぞ」なんてことを言いだすので黙殺して歩く。なんで私がお昼を食べないのにニャンコ先生に買わなきゃいけないんだ。「どうした、いかんのか」
「い、や…思った以上に人が多くて」
そうしてたどり着いた南十字通りの入口のアーチを見上げながら小さな声でそう返す。こんなに混雑している場所だとは思っていなかったし、平日にも関わらずがやがやと賑わいを見せている場所にたじろいでしまう。看板が所狭しと左右から生えてきており、正直どこにどの店があるのか分かったものじゃない。都会を舐めていた。
基本的に、人ごみは好きではない。こういう場所にはこういう場所を好む妖も集まりやすく、ついでに言うと紛らわしくて区別もつきにくい奴がいたり、からかい目的に人に似せてまぎれている奴もいたりする。人目があればこちらが動きにくい場合もあってあまり好んで近寄らなかったのだが、ここ以外の目ぼしい買い物場所となると歩いていける距離にはないのだ。
「案の定というか混ざってるし…」
見るからに見た目が可笑しい奴らが店を冷やかしている声が聞こえる。人が多いせいかあの黒い虫のようなものも多い。それを見てると空気も淀んでいる様に感じてしまってどうもいけない。しかしこうして嫌煙してしまってはここに来た意味がなくなってしまうし、こういう場所にも慣れていかなくては。一度大きく深呼吸をしていざ。
「何がしたいんだお前は」
「無理でした………」
半分も進まないうちに具合が悪くなってしまい、早足に戻ってきてしまった。入口付近に設置してあったファンシーなリスか何かのマスコットの置物の横でしゃがみ込み項垂れる。想像していた以上に人がいた、妖もいた。多すぎる人とがやがやと一斉に滅茶苦茶に聞こえてくる声に耐えきれなくなって酔ってしまい、情けなくも撤退してこの様である。先生はと言えばこんな見た目のくせに猫らしくするりするりと人を縫って前進していて、妖の方が都会慣れしてるってどういうことなのと落ち込んだ。一歩進むだけで人にぶつかるし、自分と同じ方向に進んでいる人には追い抜かされてばかり、向かいから進んでくる人とはなんども正面衝突しかける有様。思い切ってお店の人に話しかければ目玉が無くて思わず叫びそうになったり、目の前で転んでしまった子供の足が三本あると思って無視したらただ恐竜の着ぐるみを着ていた本当の人の子だったり。両手で顔を覆って嘆いていれば先生から「饅頭屋などもっと奥だぞ」と言われた、だから買わないってば。
「あーあ…」
顔を上げて電線の多い空を見上げる。すぐ横にリスの置物もあるので、その体の色のオレンジが少しだけ視界に入る。奇抜な色のせいで余計にその汚れ具合も目立ってしまっていてなかなかに不気味な感じが漂っているがこれはいったいなんのための置物なんだろうか。
「情けない貧弱モヤシめ」
「(言い返せない)」
この時間だから混んでいるのかもしれない、と入り口付近にあったお総菜屋さんの宣伝の声を聞きながら出直すかと立ち上がる。意味もなくグッと伸びをすればなんにもしていないのにも関わらず、疲れが取れたような感覚がしてなんだか情けなさを助長させた。
吉備さんの家に戻る気にもなれず、少し歩こうと足を進めた時、不意にあの神社はなにが祀られているのかと気になった。先生と会ったあの神社。きっとこれからもお世話になりそうなのだから少しくらい知っておいた方が良いだろう。そうと決まれば行ってみようと足を進めた。
投稿日:2017/1126
更新日:2017/1126