手渡しの毒林檎
本当に厄介なことに成ったと溜息を零したくなった。雪男からの突然の電話に、なんだと思えば自分じゃ対処できない魔障者がいるとのこと。
対悪魔薬学が得意なあいつがだ。
得意と言うのは語弊があるかもしれない、なんせ今春から祓魔塾で雪男はその科目の講師、教える側の人間になる。
所謂プロだ。そんなあいつからの手に負えないという電話。
まぁ、そんな出来のいい息子に久しぶりに助けを求められてほんの少し嬉しく思ったのも事実だが。あいつは溜め込みやすい質だから、こういうことでもヘルプを出してもらえると安心してしまうのだ。
しかし、だ。
あまりにもイレギュラーなことが起きたのだと俺は腰を上げた。
「おや、珍しいじゃないですか。彼からの助けを求める電話など」
「まあな、っつーことだ、俺は帰るぞ」
ニヤニヤと笑うこいつは、気が合うのかは解らないがそこそこ付き合いの長い男だ。
いつ見ても目に痛い色のファッションでそれは今日も健在だった。
目に痛いし、こいつも痛い。
とうに見慣れてしまった自分が可哀想だ。
隣にいたくないやつナンバーワン。
電話の内容をすでに全て知っているかのように話すこいつにももうすっかり慣れてしまっているから俺も随分こいつと長いこといるなぁと少し感慨深く思ってしまう。
それでもやっぱり隣を歩きたくはない、というより知り合いだと思われたくない。
「…面白いことになりそうですねぇ」
「テメェがそう言う時は大抵面倒ごとだよな、ったく」
心外ですね、と口では言うが心底楽しそうな顔に、あ、今回はなかなかに大事のようだと予想をつけた。
「いえいえ、それ程でもありませんよ」
「褒めてねぇよ」
「いやはや、それにしても…なんとも素晴らしい…ククッ」
しまいにはケタケタと笑い出したメフィストに冷や汗すらかきそうになる。
やばいぞ、今回はやばいらしいぞ。
挨拶をそこそこに、逃げるようにして手短にある扉に"鍵"を差し込んだ。
修道院に戻り雪男に詳しく話を聞けば、成る程、奇異なものだった。
魍魎による魔障など、そんなことが起きた日にゃ世界中の人々が見事に魔障者だ。
稀に吸い込んでしまってしまう人もいるが、単体では弱い悪魔ゆえに人間に傷をつけるほどには至らないのだ。
こいつが傷による魔障を見逃すとは思っていない。
そんな甘けりゃ医工騎士(ドクター)のマイスターは取れない。
「んんー…まあまだ悪魔だって決めつけるのもはやいな」
雪男は少女が直接悪魔から逃げている所を見たわけでもないし、少女がなにか口走ったわけでもない。そう指摘すれば、ハッとしたようにし、苦笑しながら頷いた。
「そうですよね、なんだかすぐに悪魔に結びつけてしまって…」
「まあ、職業病っちゅーことだな。全くまだ若ぇのによー」
だからまずは見えるのか否かという確認からだ。
雪男の言うとおりもし見えるのであれば魔障を受けたのは最近であり悪魔に全く慣れていないと言える。
問題は歳だ。
一般人が祓魔師志望でもないのにある程度成長してからそれを受けるのは稀だ。
稀と言うか、異例と言ってもいい。
この件はそう言った意味でも特殊に成りうる。
もしかしたら妙な悪魔の仕業、というのもありうる。
だからこんな日中からだが、変質者にでも遭遇しちまってここに逃げ込んだなどの類の方が正直対処は楽になりそうだった。
いや、そのほうがずっといいのが本音だ。
燐の奴はまだ寝てんのかと疑問に思いつつも瓶を片手に自分の書斎に向かう。
瓶の中には一つ、飴が入っているが俺には見えない。
ギュウギュウに詰めた魍魎しか、見えない。
正直魍魎による魔障は俺の中で可能性として除外されていた。
だからこそその悪魔を少女の前に持ち込もうとしている。
見えない振りをさせてやるつもりもあまり無い。
メフィストの反応がやけに引っかかるからだ。
あんな気持ち悪いあいつ、久しぶりに見た。
普段も気持ち悪いが、さっきのは特別気持ち悪かった。
頬を赤らめ目を細めニヤニヤと耐えない笑み…
おおっ、鳥肌が…!
自分の書斎を開け。
絶句しそうになった。
少女を…いや、彼女を見て最初に思ったのは納得だった。
……メフィストの野郎、流石にこれは笑えないぞ。
だがこれであいつのあのリアクションに多いに納得がいったのだった。
もっと問い詰めておくべきだった。
要するに俺は彼女が何者なのか、いや、どういう人物であるかを知っていたのだ。
彼女をと言うよりは彼女にあまりに似ている人物を知っていたのだ。
「(これまた……見て一瞬で分かるなんぞ…それだけ強く血まで引いてるってことか。)」
実際には俺の知っているその人よりは幼く、可愛らしく、なによりあの勝気な目ではないのだが。
差し引いても彼女は身内であろう。
いや、本当に懐かしい。
だったら、尚のこと魔障の可能性はないに等しいのだが、もし、万が一が起こってしまった場合には。
「(…どーすっかなぁ…)」
取りあえずメフィストぶっ飛ばす。うん。
雪男にも正直説明し難い、というより下手に口にしていいようなことではない。
なんとかして上手く言わなければならない。
本当にあのメフィストの反応さえなければ、此処まで俺は慎重にはならなかっただろう。
あの反応からいって、間違いなく彼女は"見える人"だ。
しかもかなり。だったらもう彼女が“なに”からそんなに慌てて逃げていたかももう見当がつく。この思考は、ある意味メフィストのあの反応のお陰とも言えなくもない。なんて気に食わないんだ。
ん?話がいまいち分からないって?んなこと俺に言うな、俺だって混乱しているんだ。ただはっきりしているのは、彼女が魔障を受けてしまっていたとしたら、目の前の少女の人生は波瀾万丈間違いなし、という途轍もなく望まない結果だ。元々とんでもない運命にあるだろうに。…まあ、その心配もいらないようなもんか。
それに、どちらにしろこのまま放り出すのは些か酷であるように思う。だが一体どうしろと言うのだ。初対面のおっさんに一体何ができるって言うんだ。溜息を堪えて、結果は分かっていたが雪男の手前、彼女に喉を見せてもらえるようにうながした。
投稿日:2017/1126
更新日:2017/1126