ザリチュ
二人がいなくなったのを確認して一つ息を吐き出す。彼女に送ったメール画面から切り替えてカメラを起動させてからゆっくりと人目がないことをもう一度確認して扉から身を出した。櫛谷さんから連絡を貰ってすぐ、そこの近くに繋がる鍵を使って勝呂君とここに来たのだがまさかよりにもよってこの場所とは、と頭を抱えた。ここの裏庭に以前ゴーストに憑りつかれて発狂し、挙句一人の女子生徒を死に追いやった一般人の墓があるのだ。どうも聖十字学園町に住んでいる男だったらしいのだが、歳の差もあったために色々と揉めたらしい。一応合意の上で付き合っていたらしい生徒と男だったのだがその男がゴーストに憑りつかれた。どうにもその男とゴーストの波長がぴったりと合致してしまったらしく、悪いことに自我の崩落もあったらしい、普通ゴーストにそんなに長期間憑依されるなんてこと滅多にない。だからこそ発見もおくれ、その後は言わずとも分かるだろうがまあそう言うことだ。バッドエンドで終わったときにやっと事態が判明し、遺体になっても尚ゴーストが男の体から離れず隙あらばその体で暴れようとするものだから遺体をこちらで回収し、ゴーストと縁のあったらしいこの場所に安置した。要は地縛霊の類にしたのだ、場所に縛ったうえで、そして祓ったらしい。しかし悪霊にまでなってしまっていたせいで不浄をまきちらし、案の定周辺を魔窟に変化させた。それがこの場所であるのだがまず一般の生徒は入ろうとはしないくらいに廃墟とはしているのにもかかわらず彼女と来たらあっけらかんとこの場所を言ってくるものだから本当に驚かされた。「加えてこれか…」
もう頭が痛い。思いっきり叫びだしたい、青空に向かって文句を投げつけたい。先に勝呂君を行かせたのにはわけがあった。奥まった位置にある、随分と分かりにくい位置にある中庭。櫛谷さんから連絡を貰って、鍵を使ってここに来て彼女の指定した位置からの通り道だったのだ。しかし、そこにある花壇に思わずつんのめってしまって危うく顔面から転びかけた。代わりに衝撃で眼鏡がずれたが。ころんと置かれた如雨露に濡れて輝く花。ここに僕たち以外に人気は微塵もない。となればこれは櫛谷さんがやったということになるしそれ以外に考えられないだろう。もうやだ、と泣き言が漏れそうだぶっちゃけ。勝呂君には後から説明すると言って先に行ってもらったがなんとなく察してくれたのだろう、肩をぽんと叩かれた時に柄にもなく目頭が熱くなった。
「(ザリチュ…またコアな悪魔を……)」
最近櫛谷さんがごほごほと咳をしているのは知っていた。勝呂君と一緒に戦々恐々としながら何の悪魔だと目を光らせていたのだがその影が見つけられず、焦っていたのだがこうして原因を目の前にするとどっと疲れが来るのはなぜなのか。普通の風邪だと微塵も思えない櫛谷さんのことを憐れめばいいのか。いったいどんな星のもとに生まれればこうなるんだろうか、謎である。
ザリチュ。アヴェスター語で「渇き」の意味をもち、善神アムルタートの敵対者である。悪神タルウィの共同者でもあり、常に並び称される。根っからの悪であるこいつは有用植物を滅ぼし、毒草を蔓延らせる事が使命である。もう一度言おう、毒草を蔓延らせることが使命である。
ようは目の前で元気いっぱいにすくすくと育っている花は全て毒草、人体に害を与えるものばかりなのだ。恐らくはこれの花粉のせいで櫛谷さんの喉もやられていたのだろう。飴として薬を渡していたのにまったく効かないと思ったらこんな毒を貰っていたとは、効かない訳だ。しかもなんだこれ、地味に採集困難なコトギリソウじゃないか。人体に悪影響をもたらすが悪魔祓いで有用に使える毒草というのは意外に多く、これもその中の一つだ。
櫛谷さんには悪いが、彼女の為にもこれはここから回収した方が良い。一気に殺風景になってしまうであろうこの花壇の事を考えれば、胸が痛まない訳ではなかったけれどだからとって看過していい問題ではない。ザリジュ自身はもうここにはいないことから見ても今後この花壇から生えてくる草花は全て有害だ。一度土ごとまるっと取り換えなければこの花壇は普通には使えない。悪いなんて思っているのに、根こそぎ彼女の育ててきたであろう花をむしり取っていくことになんの躊躇いもないのだから、カメラでシャッターを切りながらこれも職業病っていうんだろうかなんて考えてしまった。
2017.5.10
投稿日:2017/1203
更新日:2017/1203