縊鬼ー上

奥村先生がやらかした。
具体的にいうと、櫛谷が世話していた毒草オンパレード花壇をむしり取った犯人が奥村先生だというのが櫛谷にばれた、らしい。らしいというのもその経過を知らず、結果だけ奥村先生に聞かされただけだからだ。鬼のような顔で「コトギリソウの件が櫛谷さんに露見したので暫く離れます」とだけ小言のように寄越された。これ以上聞いてみろよと言っていたその顔に問いかける勇気もなく、言外に暫くの間は一任すると丸投げされたのだとしっかりと理解した俺はすぐさま薬局でバファ○ンを買った。優しさに飢えているのかと買ってから少し落ち込んだ。因みにそんな奥村先生の言葉に俺が返せた言葉は「報告します」だけである。もっとなにか言えなかったのかと今なら思うが、あんな形相の人間を目の前にして浮かんでくるものなんてそんなものである。
当たり前だが当事者その二である櫛谷にも奥村先生の話は出さない。櫛谷も奥村先生の話題を出してこなかったあたりそのつもりなんだろう。気にならないと言ったらウソだが二人の問題だ、どうかそのまま巻き込まんといてくれ。ついでに言うとこっちはこっちでそれどころではなかったりする。いやそれどころなんて言い方したらいかんか。


「お前最近顔色悪ないか」


「ん〜…寝不足かな…」


ぼうっとしたような顔と声でこっちをみることもせずに答えた櫛谷に眉を寄せながらため息だけはぐっとこらえた。ここのところ、目に見えて調子の悪そうな櫛谷に嫌な予感がふつふつと湧く。いやいつもかそれは。しかしいつもと違うのはこいつの顔から笑顔が抜けてきているという点だ。いつもならばどれだけ祟られようが呪われようがケロッと笑っている(それもどうなんだ)こいつが、目の下に隈をつくり顔色を白くさせ、口数が分かりやすいほどに減った。こちらがドン引きするほどに鈍感そのもののこいつが、なにかにこんな風にさせられているとすれば、それはちょっと考えなくてもとんでもない案件ということである。
奥村先生とのことがあったからか、ともちょっとは考えてみたがこいつが対人関係においてここまで悩むようなタマだとは思っていないのですぐに切り捨てた。こうなる前に櫛谷が特攻をかけるという意味である。いい意味でも悪い意味でも櫛谷は猪突猛進だ。
笑えん、と飲み込んだため息を胃の中に落とし込みながら薄らとする頭痛に眉間を指で揉むように挟んだ。本当に笑えん、どうしろと言うのだ、普段からとんでも案件盛りだくさんのこいつがとっておきを引っ張ってきたのが分かっているのに、それでもやっぱり本人はそのことに気が付いていないのだ。少し前に顔色で分かりやすくしろと思っていたことがあったのだが、これは無しだなとその時の自分に却下を出した。毎度こんな顔色されたらこっちが持たない。そう思うと普段のこいつの態度に幾分かこちらも助けられていたのだななんてそんなことを知った。


「寝不足て…そんなんでそこまでなまっちろくなるんかいな」


「一時間も寝れてないし…」


「は?」


「なんか寝つきわるくて…」


机に両肘をついて右手をするりと項の方に滑らせて、俺が我慢した分まで吐き出すように大きく溜息をついた櫛谷に思わずこの場にいない先生の名を呼びたくなった。重症だ、とんでもないのが憑いてるかもしれないぞとごくりと喉を鳴らしながら、首元の髪の間から覗く指先が死人のように白くぞわりとした。嫌に白さが目に付く。頭の影になって暗くなっている筈の首元も、制服から覗く手首も。だからこそ落ちくぼんだように黒い色を乗せた目の下が目立つのだ。
こちらでも調べられる限りを尽くしているのだが、気味が悪いことに原因が掴めていない。分かりやすい呪いのアイテムもなければ何か目に見えて分かるものが憑いている訳でも無い。そうなると場所に原因があるのだろうが、これが中々に見つけにくかったりする。というのも学園内で怪しいと思われる場所なんて腐るほどあるような都市なのだ。櫛谷の生活圏内に絞れば大分限られては来るがそれでも二人係ですべてを虱潰しにできる数ではない。櫛谷会議(奥村先生と俺の対櫛谷対策会議である)でうっかりGPSでもつけてやろうかという案が本気で通りかけるくらいには櫛谷の行動を把握しておきたかった。俺たちは疲れているんだとすぐに我に返ったが奥村先生の方は8割くらい本気だったと思うというのは余談である。



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投稿日:2019/0414
  更新日:2019/0414