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目が覚めて何か飲もうとキッチンへ向かうとテーブルの上に書き置きが残されていた。
『夕方にくるのでお腹を空かせて待ってて』
「今何時だ……」
部屋にある時計に目をやると午後三時だった。空腹かといえば空腹だが特に何か食べたいわけではない。水だけ飲もうとキッチンにきたのだから。
「夕方って何時だよ。正確に書いていけよ……」
冷蔵庫から水のペットボトルを取り出しソファに座る。
荒れてた部屋は何もなかったように綺麗になっている。なずなが片付けていったのだろう。気づけば置いた覚えのないものが部屋内には増えていた。
「一応男の一人暮らしでピンクはないよな」
明らかに浮いている。でも嫌ではなかった。どこに目を向けてもなずなを思わせるものが置かれている。空虚にならずに罪悪感に苛まれずにぼんやりしていられる。
「……早くこねぇかなぁ」
これだけなずなの物があるとふと記憶が消えたらと考える。なずなのことだけ考えていられれば。そんなことで消えるような罪ではない。それでも全て忘れ去れれば逃げてしまえればと昔考えたことがある。
都合よくなずなのことだけ覚えていられるわけがない。そう考えると怖くなる。なずなのことを忘れてしまったらなずなは一緒にいられないのだろうか。いてくれないのだろうか。忘れたいと思った昔の自分と今忘れたくないと思った自分の非情さ。罪を忘れたいのに引き換えになずなを差し出せない。逃げ出してはいけないのに逃げ出したい。でもなずなが引き留める。罪がありながら引き留めるのはなずな。
自分の非常さに目を背けるように上を向いてソファに体を預け目を瞑る。
「葵くん、起きて!」
「っ!?」
頭上から大きな声がして驚いて目を開けた。
「……驚かせんなっつーの」
「眠いの?」
「いや……」
寝ていたという感覚はない。時計を見たらあれから一時間経っていた。
体勢を戻すとなずなが袋を片手にキッチンへ向かった。
「お前毎日来てていいのかよ」
「平気だよ?今日は外泊届けも出してきたし」
「嫌にならねぇ?」
「ならないよ」
即答するなずな。嘘を言ってるようには思えない。
「俺のこと忘れたいとか思わないのかよ」
次はすぐに返事は返ってこなくて不安になる。なずながこちらを振り返り向かってくるのをただ見つめる。
「葵くんは私のこと忘れたい?」
「そんなわけねぇだろ」
「何で?」
「何で、って」
「私は葵くんが好きな自分じゃなくなったらもう自分じゃないと思ってるよ。私が私なかぎり忘れられないよ」
なずなは涙目だった。頬に触れようとして手を伸ばすと触れる前に抱き締められる。
「俺も……そうだ」
小さな声でもなずなには聞こえただろう。
よく知る温もりに抱かれて目を閉じる。目に映らなくてもよく知るなずなを感じる。
しばらくそうして目を開けたら笑顔が見たいと思っていたら誕生日おめでとうと笑顔で告げられ俺も笑っていた。
H26.8.10
忘れられない
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