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「食べろよ」
なずなはベッドの上で膝を抱えていた。
オレが来てからずっとそのままで声も出さないし顔を見せる事もしなかった。
「食えって」
マンションの一室に閉じ込めて数日。さすがに水は飲んだ形跡があったけど食べ物に手をつけられた様子はなかった。そろそろ食べさせないと身体もやばい事になる。
こんな事しておいて身体の心配してるなんておかしいけどな。
「なんだよ。ならオレが無理矢理食べさせてやろうかぁ?女に口を開けさせるなんて簡単にできるんだぜ?」
今までは食べ物だけ置いてすぐに出て行った。でもいなくなっても食べないんじゃ無理矢理食べさせるしかない。
「おい、なずな」
菓子パン等が入った袋をベッドに置いて、なずなに近づく。ベッドが軋む音に身体を震わせる。
膝を抱えている腕を解かせようと掴んで揺らすが頑なに体勢を崩そうとしない。
「……ここから出して」
「あぁ?それ何回オレとやりとりしたよ」
やっと話したかと思えば聞き飽きた言葉だ。
「食ったら考えてやるよ」
「それって考えるだけなんだよね」
思考はしっかりしてるみたいだった。さすがにこんな手に引っ掛からないか。
無理矢理腕を引きはがすのをやめて座りこむ。体育座りしてるのに下着は見えそうで見えない。こんな状況でそんな事を考える自分に笑える。
「どうしたら食べてくれるんだよ」
「敦盛君に会わせてくれたら食べる」
「それが無理だからここに閉じ込めてるんだろ」
「敦盛君が食べさせてくれなきゃ食べない」
一瞬引っ掛かった。
こいつは今どんな表情をしている?わかりやすいなずなの表情が予想できない。
どうしてなんて考えるまでもなかった。
「きゃっ……」
「何もないこの部屋でお前はずっと何考えてんだよ」
軽く身体を横から押すと簡単に倒れてしまった。あれだけ腕は頑なだったというのに倒れるのはこんなに簡単。
驚いて腕は解かれて、顔が見えた。そんななずなをオレは見下ろす。
「敦盛の事だろ?ずっと、ずっと、ずっとずっと敦盛の事考えてたんだろ?」
「っ……そうだよ」
前なら睨みつけられたはずなのに、いやそうしたくてもできないのか。弱々しく見上げて認める。
傑作だった。
敦盛を救いたいと鹿野家の事を知っても逃げなかったのに、閉じ込めただけでこんな事になった。
それだけ好きだったって事か。羨ましい、狡いと思ったが今はその気持ちと共に清々しさがある。結局オレ達は抜け出せないんだ。
「食べろよ」
「……いや」
袋を掴んで気まぐれで買ってきた板チョコを出す。なずなはそれに視線がくぎづけになっていた。
敦盛が好きな板チョコ。板チョコを見ただけでこいつの頭の中は敦盛で溢れ返りそうになってるんだろう。
包装を剥がして剥き出しになったチョコをなずなの口元で軽く振ってから引く。
物欲しそうにチョコを見つめるもんだからそのままオレがかじってやった。
「欲しいか?」
なずなは何も言わない。
でも物欲しげな表情は変わってない。
「いいぜ、やるよ」
チョコをかじりながら音を鳴らせて割る。そのチョコのかけらを口に含ませたままなずなの口元に寄せてやる。
なずなは僅かに躊躇いながらもさほど時間はかからずにチョコの端にかじりついた。
どんどんなずなに食われていくチョコ。やがてオレの唇にあたってそのまま重ねた。
嫌がる様子もなく、オレの唇についたチョコを舐めるように。
なずなの頭の中では敦盛がそばにいるんだろう。
お前をそこまで堕とすのがオレだったらよかったのにと言いそうになったが、重ねた唇が離れないのを言い訳に深く唇を重ねて飲み込んだ。
数日後、オレは侘助に飽きたからやめると言った。侘助が何やら喚いているけどオレが借りてるマンションなんだしやめると言ったら終わる。
侘助の背に見慣れた姿が見える。鍵開けたままにしたのが無駄にならなくてよかった。
なずなはオレを不思議そうに見つめる。だからオレは笑ってやった。
たとえこの密室から抜け出せてももう抜け出せない彼女に。
H23.9.19
もう抜け出せない彼女に
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