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うつ伏せで両手は後ろ手にベルトで縛られていた。最初は冷たかった風も今は熱い体を冷ましてくれる。
体は疲弊しているのに思考ははっきりとしていた。ぼんやりしそうになりながらも必死に意識を保った。
口に突っ込まれたハンカチを吐き出したくてたまらない。でも吐き出せば声を抑えられなくなるのもわかって我慢した。
「別に手が使えなくても出せるだろ」
覆い被さられ耳元で考えを見透かすように囁かれる。重みと熱を感じて嫌悪が込み上げる。もっと深い場所を探られているのにこれ以上表面だけでも触れられたくない。
足を這う手が先程まで触れていた秘部に触れた。息が整えば触れるの繰り返し。ハンカチを入れられた口はだらしなく開いたまま涎も飲み込めず地面に落ち息苦しさは増していく。
どうしてなど聞くつもりはない。私は試されている。力に屈して正しいのは先生だったと私に教え込もうとしている。
「危機感というものを持った方がいいですよ?いつまでもそんな反抗的な目じゃ……」
忠告をしながらも楽しそうな声。その声を聞いても私は屈しない。いくらでも力で捩じ伏せたらいい。
私はもう知っている。柳遼太という人間の優しさを。矛盾を。だから正しいのは私。間違いは正される。私がそれを証明する。
「お前が生徒ではなくここが学園でなければどうなっただろうな」
あり得ないことを口にしたかと思えば口からハンカチが抜かれた。
「げほっ……っ」
異物がなくなり楽になったものの息を吸い込みすぎて咳き込んでしまった。
「あーあ、痕になってる」
両手を拘束していたベルトも外された。外されても腕には痛みが残った。
「まあいいか。閉じ込めた奴が拘束してから鍵を閉めたとでも言えば。立って下さい」
痛む腕を突いて体を起こす。このままでいれば起こそうとするだろう。手を貸されて立ち上がりたくはなかった。
立ち上がり乱れた制服を正す。下半身には違和感があり浮いたような感覚がまだある。それを振り払うように制服を正していく。
「上着をお貸ししますね」
「……大丈夫です」
「少しでも両手は隠せよ。俺の上着羽織って沈んで行けばあたかも被害者面できますよ」
有無を言わせず上着を羽織らされた。身体は熱いはずなのになぜか暖かく感じる。
「どうぞ」
屋上の扉を開き出るよう促されまだふらつく足で踏み出した。
「先に社会科準備室に行かないといけませんね。足、拭かないと」
すれ違う瞬間を狙ったかのように言われて立ち止まり見上げる。私の反応を待っているかのように笑みを浮かべていた。普段は浮かべない笑みを。
「そうですね」
特に反応はせずに抑えて返して屋上から出た。
その後いじめの被害に合い柳先生に救出されたと報告した。翌朝私を閉じ込めた生徒は退学処分になった。きっと私を閉じ込めたことを後悔しているはず。間違いは人間だから侵してしまう。私もそうだった。でもやり直せる。私はそう信じている。
それから以前と変わらない日々に戻った。でも以前よりも勉強に取り組み成績も上がった。
「なかなか上手くいかないな」
美術の授業中呟く。
学園内のものを自由にスケッチすることになり私は薔薇園に足を向けた。ここに来る生徒は少ないようで今も私しかいない。
「そうですか?前に描いたものより少し違いますがこちらも良いと思いますよ」
声に驚き勢いよく振り返ると東條先生がいた。
「驚かせしまってすみません。気にせず続けて下さい」
「私の方こそ驚いてしまってすみません」
美術教師なのだから見回っていて当然だ。謝罪をし絵の続きを描く。そう言われても私の目には以前と同じような絵に見える。だから自然に質問していた。
「……前に描いたものと変わりましたか?」
「ええ。以前は力が入っていましたが今は良い意味で力は抜けたようです。頑なさはそのままに強さを感じます」
「強さ?」
「貴女の描く赤薔薇は一輪で与えられずとも咲き吹き荒らしにも負けない強さを感じます。花言葉に合わせるならば情熱でしょうか」
東條先生の話を聞きながら描き続ける。私の目には変わらないものが見る人によっては変わるのだと思った。それは今の私に当てはまるもので自信がなかった絵もいつしか自信の有無を考えずに描くことに没頭できた。
「……美しい」
「え?」
「いえ、終業のチャイムは聞き逃さないよう気をつけて下さいね」
「はい」
薔薇園を去る東條先生を見つめ、見えなくなると再び絵に戻った。
二学年後半に入り進路を具体的に決める時期となった。両親と話し進学にし、より一層勉学に励んだ。
「……よく来れますね」
「質問があったので。忙しかったのなら日を改めます」
社会科準備室を訪れると柳先生が呆れたように言った。関係は平行線。相変わらず雑用を押し付けられるけれど屋上の出来事までにいくことはなかった。雑用も柳先生が頼みやすいから頼まれているんだと思うと苦ではなく授業で使う資料を先に知れたりすると運ぶ前に少し読んだりもしていて楽しんでもいた。
「では鍵を閉めて下さい」
「はい」
勉強を教えている途中に邪魔が入ることを嫌うこともわかっていて今では自分から鍵を閉めるようになっていた。嫌そうにしながらもしっかり教えてくれる。それが結果に見えるとやっぱり嬉しくてこうして質問に来ていた。
「ここなんですけど……」
椅子に腰掛け教科書を開く。授業中とは声音や口調が違うもののわかりやすく教えてくれるのは変わらない。
「ありがとうございました」
教えてもらったお礼を告げいつものように立ち上がろうとすると腕を掴まれ引き寄せられていた。
「やな……っ」
問う前に口が塞がれる。乱暴に舌が入り込み口内を犯す。逃れようと体を動かすと椅子から落ちた。
「大丈夫ですか?」
まるで私が逃げることがわかった上で捕まえずに支えもしなかった。落ちたことに呆然としながらもすぐに見下ろしてくる柳先生を睨んだ。
「……男と女の力の差を改めて見せられなくても力で敵わないのはわかっています」
「おやおや、先程までの感謝の笑顔はどこにいったんでしょうね?」
柳先生は立ち上がり私に近寄る。私も立ち上がり小走りで扉へ向かう。
鍵を開けようとした瞬間腕を掴まれ壁に体を押し付けられていた。強い力で肩を押さえつれられ痛みに声が上がりそうになる。
「学園の生徒でいる間は安全なんて考えてるんじゃないか?」
「これが、安全なんて言えるんですかっ」
「俺が特別教務室で言ったことを覚えていますか?」
学園に転校してきて少しして校則違反をし呼び出された特別教務室。受けた指導をきっかけに今の状況があるのだと思うと校則をちゃんと確認していたらという考えが過ってしまう。
「お前のスカート丈を指摘して俺は何て言った?」
事細かに覚えてなんていないはずなのに記憶を引き出すように言われ思い出す。
「……自意識過剰、手を出すわけ、ない」
「社会的に俺が死ぬでしょ」
記憶を頼りに口にした私の言葉に続くように言われ屋上での出来事もあり私は柳先生の言う通り安全だと思いこんでいたことを知る。あれ以上のことはされない、最後まで手を出されることはないと勝手に思ってしまっていた。
「男と女の力量差を語るならわかりますよね」
「私は生徒でここは学園ですよ?」
「屋上でも考えましたよ。でも一気に突き落としてはつまりませんから」
顔が寄せられ避けようと背けると耳朶に唇が触れ痛みが走った。
怖い。屋上では感じなかった恐怖を感じるのは何故だろう。私はあの時は覚悟していたのかもしれない。何をされてもおかしくはない。それでも屈しないと決めていた。
でも何もされなかった。そして日常が過ぎいつしか安全なのだと思い込んでしまった。私は強くなんてなかった。ただの虚勢。暗示。自意識過剰。このままでいれば、結果を出せば、柳先生はわかってくれる。そんなことを考えていた。
一気に駆け巡り危機を感じ拒絶しようと試みる。
「やめてっ」
「やっと危機感が持てたようで何よりです。先生も長期でやってきた甲斐がありましたよ。すぐに甘んじて忘れてしまう。自分の置かれている状況を」
顎を掴まれ唇を押し付けられる。見開いた目に映るのは探るような瞳。
私は試されている。私は弱者か。柳遼太の説くシステムが正しく、人間は統べからくクズで悪なのか。
違う!違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
私は認めない。人は間違いに気づけ正していける。強いものは力を誇示し弱きものを傷つけ認識させる。それが正しい世界のシステムで強者と弱者が成り立つなんて認めない。
私が正しいのではない。正しい世界を私は柳先生に接して教えられた。だから柳先生は間違っていると私が証明する。世界は貴方の優しさを知っている。
「……私が誰かに言ったらどうするんですか?」
「人の良心での審判で俺の価値観が覆るとでも?」
鼻で笑い当然のように言われる。わかっていたから今まで黙ってきた。私が誰かに助けられ罰せられたとしても変わらない。柳先生が正しいと思っている在り方を暴いて間違いなのだと思い知らせ、柳遼太に認めさせる。
「色気づいたところでガキだがそういう目を向けられるとそそる」
顔が寄せられ頬に息がかかる。腰を引き寄せられ首筋に顔を埋められた。
拒絶をすることをやめ、両肩に手を乗せ上着を強く掴んだ。
学園を卒業をする時が近づき平行線のままの関係に納得はしていなかった。
最優秀模範生徒として選ばれてもあの人は変わらない。悔しかった。間違いは正される。必ず。なのにそれを私が証明できない。
この教室も最後かと思い机の中に忘れ物がないか確認すると一枚の封筒が入っていた。差出人はない。開いてみるとただ場所だけが記載されていた。ここで逃げればどうなるのか。
「私は逃げない」
それがわかって送ってきた。封筒を鞄にしまい社会科準備室へ向かった。
それからして連れてこられたのは荒れた洋館。離れた場所ではないけれどひとけはない場所だと教えられた。
「監禁させて下さいと言っておとなしく従う奴もなかなかいないだろうな」
両親には酷いことを言って出てきた。何度も何度も心の中で両親に向けて謝る。一歩一歩目的地に着くまで今までのことを思い返し泣きそうになりながら自分の選択に後悔はしていなかった。だからこそ謝る。
“自分からうまく出てこい”
脅さなくても来るとわかっていてその後を考えて家族に何かされたくなければ自分から家を出ろと言われた。
「ここですよ、お姫様」
前を歩いていた柳先生が立ち止まり扉を開ける。中を覗くと明かりはなくうっすらと下へ続く階段が見えた。
「ちゃんと明かりはつけてやるよ。暗闇でおかしくなっても困るからな」
いつの間に手にしていたのか火の灯った燭台を手に先に行く。後について階段を降りていくと扉があった。
「特別教務室に似てるだろ」
扉の開く音の大きさに驚きが隠せなかった。
中の明かりがつけられても薄明かりで細部まではわからない。わかるのは石造りということだけ。
「1日に一回は来てやる。座れ」
言われるまま中に入り座ると鎖を体に巻き付けられる。壁にある器具に端が引っ掛けられ出ることはできないとわかる。
「わかっているとは思いますが貴女が死んだところで俺はのうのうと生きますから」
片膝をつき顔を近づけられる。
「俺が間違いだと知らしめ、俺に認めさせたいだろ?」
睨み付けると笑い、出ていった。
そうしてこの牢のような場所で暮らすようになった。時間がわかるように時計も置かれる。1日に一回は食事を持ってくる。この部屋内なら身動きはとれる。飼うように生かされる。
“お前にとっての強者は誰だ”
少し前のことなのに鮮明に思い出せる屋上での出来事。
その度に私は否定をし、いつしか言葉を交わすことをしなくなった。あの人の望むように今は生きる。間違いは正されるのだから。
時間はわかっても日にちはわからない。大体何日かは数えていても日付を確認する術はなく感覚がおかしくなっていくのがわかった。1日一回の来訪。その度に意識がはっきりとする。
なぜあの人は毎日来るのだろう。私を生かすためだろうか。違う。私に会いに来るのだ。
人は悪。善悪とは何なのか。学んできたことが過る。どちらも存在しながらも根本的には善か悪か。私とあの人の主張は交わっている。教えてくれたのはあの人なのだから。
「俺のことしかわからないふりをしているだろう?」
騙せているとは思ってなかった。でも問いかけてくるとは思わなかった。思考ははっきりとしている。それは柳遼太が来るから。
ここは二人の世界。きっと柳遼太はずっと一人の世界にいたのだろう。
ここへ来て感覚はおかしくなっても自分を保っていられるのは柳遼太が私を見ているから。
「柳先生……私はやっぱり人はどちらを持ちながらも優しいのだと思いたいです」
「この状況でそれが言えるとは実にご立派ですね。じゃあ褒美くらいやるよ」
そう言って巻かれた鎖を外した。行為に邪魔だからと外されることはあった。でも外された状態で扉が開かれることはなかった。
「私をどうするんですか?」
何も変わっていない。なのに扉は開かれた。疑問に思うも無表情で見つめられ駆け出した。
階段を上がっていくと昼間だった。時計では夜の時刻だと思っていたのに。眩しい陽を腕で遮りながら覚束ない足で歩いていく。
「正されるの……きっと、きっと」
呟きながら涙が溢れる。正しさとは何なのだろう。私はどうしたかったのだろう。
「あっ……」
よろけて床に体を打ち付ける。もう身体を縛っていないはずの鎖の感触が体に残っていて抱き締める。
ずっと柳先生のことばかり考えている。私の世界には柳先生しかいないかのように。
「私にとっての強者は……」
強者と弱者。二つがあるからこそ成り立つ。力ではないのだとわかる。強さと弱さは関係ない。利用し合い生きていくのだ。私は柳先生がいたから成り立つ存在。利用することが悪ならばそうなのかもしれない。利用する側が強者ならばそうなのかもしれない。でも決して一人では成り立たない。
「柳先生にまた教えてもらいましたね」
涙を拭うこともせず体を起こし目に入った椅子を持ち上げ窓ガラスを割った。
「おい!」
ずっと見ていただろう柳先生が声を荒げる。
「そうやって呼び止めてくれた時もありましたね。だから私は学園で一人ではないのだと思えました」
先生らしくないですよそんな顔とは言わないでおく。
割れたガラスの破片を手にすると皮が切れ血が滴った。痛みは痺れていてよくわからない。
「ちゃんと見つからないように埋めて下さいね」
「お前が死んだところで俺はのうのうと生きる」
幾度となく言われてきた言葉。でも今は絞り出すように言う。
たとえこの身がどうなろうと証明してみせると滾らせた。今も証明してみせると思っている。
でも悪事を暴くのではない。確かにここに二人の世界があったのだと柳遼太に証明したい。
割った窓に近寄り外へ背を向ける。
「間違いなんてありませんでした。教えてくださってありがとうございました」
笑って破片を胸に埋め込み後ろへ倒れる。あとは一瞬。
「……めんどくせぇ」
落ちた先で最後に聞こえたのはそんな言葉。
答えなんてなかった。私はあの時屋上での問いに答えるべきではなかった。
知った時には世界は崩壊していた。だから私が崩壊した世界を持っていく。二人の世界を。
H26.6.12
Verfall:1
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