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生まれた時から決められていた人生。不満だと思ったこともない。
生まれたならば美しくあるために、美しいものを自ら生み出し整えていくものだと教えられてきた。それが日常ならば何の疑問も持たない。
美しさの基準は人それぞれだろう。整えられ、乱れのない箱庭は美しさがある。代々継いできている学園は東條家が作り上げた作品であり究極の美のはず。でもいざ自分が就任してみると何かが足りない。集団であれば誰かが輪を乱し園を汚す。ならば律すればいい。簡単なことだ。人は抗えない強さを見せつけられれば従う弱い生き物だから。間違いを身を持って知ることが再発を防止できる。そのために教師を選抜し特別指導官に任命した。
これでおれの楽園が完成する、はずだった。完成間近なのに何かが足りない。何だろう、何だろうと考えてもわからない。完成間近なのが惜しいのだろうか?きっとそうだろう。
そんな時に現れたのが学園には珍しい転校生だった。
「そういえば悩み事は解決したんですか?」
放課後柳遼太に話しかけられる。少し前にそんな話を職員室でしたのを思い出した。まだ彼女が学園に通っていた頃。笑いがこみあげそうになるのを堪える。
「はい、柳先生が言われていた通り悩んでいたら答えが出てきました」
「それは良かった。海里がため息なんて滅多にないですから驚きました」
なぜ今のタイミングでこの話を今更するのかと思ったが今職員室には二人だけと気がつき察しがついた。
「その悩み事と廃止については関係があるんですか?」
「直球ですね」
「回りくどいのは苦手なもので」
彼はよく人を見ている。趣味でもあり癖でもあるのだろう。おれが理事長だと知り、特別指導官の役割も理解しているだけに突然の廃止におかしいと思われるのはわかってはいたが聞いてくるのは意外だった。互いに知ってはいても深くは踏み込まずにいる。互いを否定もせず考えを話せる。話すのが楽な相手でもあった。
「もう完成しましたから」
それだけ告げると無表情になるが口角を上げた。最近は人前ではあまりしない表情だ。
「そうですか。あ、そうそう。彼女の両親なんですが学園を探してくれと騒いでいるそうですよ。海里なら知っていると思いますが」
「……学園にも連絡は来ています。ですが踏み荒らされるのは汚れますから」
「警察側はあまり取り合ってはいないようですが早めに対処した方がいいですよ」
返答はせずに職員室をあとにした。
食事を乗せたトレーを持ち地下への階段を降りていく。
扉を開けると彼女が床に伏していた。最近はいつもこの光景だ。
「水分は取って下さいと言ったでしょう?」
トレーを置き、床に置かれているペットボトルに口をつけ水を含む。
彼女を起こすと手足を繋いでいる鎖の音が鳴る。
「……っ、ごほっごほっ」
口移しに生温い水を彼女に与えると咳き込んだ。
しばらく咳き込み、止むと虚ろな瞳がおれを映す。
「……かえして、いえにかえりたい……」
「まだそんなこと言うの?こんなに着飾っておれが愛でてあげてるのに何が不満なの?」
「わたしは人形じゃ……いっ」
「きみはおれの作品だ!おれだけがきみを作りきみを見てきみを愛でられる!きみはおれだけがいればいいんだよっ!」
片手で首を軽く絞める。苦悶した表情を見せながらも虚ろな瞳には力が宿りおれを睨み付けた。
「ああ……そうだよ。潤みながらもおれだけを睨み付けるその瞳が綺麗だよ……」
「あっ……」
首から手を離し背を支えていた手を外すと彼女の体は床に落ちた。それでも起き上がろうと腕を突く。
「そう!それだよ!きみはやっぱり綺麗だ。じゃあ服も変えないとね」
「やめて!」
「ああ……耳障りになりそうな甲高い声も美しい。向けられる声がおれを刺してくるようだよ?」
鋏を取り出し彼女に向けると首を横に振りながら後ずさろうとする。でもろくに食べていない体はすぐに反応なんてできずに失敗して這いつくばる。
「大丈夫……体も綺麗にしてあげるよ。そう、全部」
鋏で衣服を切っていく。抵抗して動いてしまい切り傷ができてしまったから仰向けにして押さえ込んで切っていく。
「ああ、いいよ。凄くいい。おれをどうにかしたいのにどうにもできずにもがく君は美しいよ」
上半身の衣服を切り捨て肌を露出させる。
「でもやっぱり食べないと骨張って駄目だ」
両手で腰から脇に掛けてのラインを確かめるように撫で上げる。微かに声が上がり肩から胸へと移動させる。
「ほらぁ、ここにきてから君のスリーサイズは変動しすぎだよ?」
「やっ、ん……」
「でも感度は変わらないのはいいよ。おれを憎みながらも感じるんだよねぇ」
胸の先端を摘まむと甘い声が漏れる。
「さあ、拭いてあげるよ。綺麗に、綺麗にね」
頬に顔を寄せ舌を頬に這わせる。
「あぁ、さっきできた傷も」
先ほど二の腕につけてしまった傷は薄く切れて赤い筋のようになっていた。
「いたっ」
二の腕を強く掴み傷口から血を浮き上がらせ舐めた。全て内から外まで全て全ておれのものだ。全ての感覚も感情もおれが与える。
声を漏らさないよう堪え閉じられた瞼も全て嘗めていった。
全てを拭き、傷の手当てをし衣服を着せた。
「きみに合う服を持ってきているけど今度は久しぶりに制服を着てみようか?きみが制服を来ていたのを最後に見たのはここへ連れてきた時かな」
「もうやめて……やめてください……家に帰して」
「最近ずっとそうだよね。そんなに帰りたい?」
顔を手で覆い泣く。おれに向けられず帰りたい帰りたいと言う彼女は美しくない。彼女がいるべき場所はここなのに。
「……外界は醜い」
小さく呟いたつもりが聞こえたのか涙を流し続ける瞳がおれを捉えた。
ここで話せば彼女はやめてと懇願するだろう。そんなのは聞きたくない。おれにとっても彼女にとっても楽園はここだけ。ここだけが二人の場所。二人の世界。誰にも侵されない聖域なんだ。
完成間近だった学園。決められていた人生。それが自分が欲しかった楽園ではないと気がついてしまった。彼女だ。彼女が全てだ。生きるコレクション。彼女はおれで成り立ち、おれは彼女がいるから生きている。美しさがあるから生きていられる。外界はこんなにも醜いのだから。
どれだけの時間が経ったのかわからない。髪や爪、全て彼が手入れをする。鏡もない。気づいたら長い時間が経ってしまっているのではないかと怖くなり皮膚を確認してしまう。時は止められない。なのに止まったような部屋に閉じ込められている。気が狂いそうだった。でも私には帰る場所がある。それだけが繋ぎとめてくれていた。
はずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。両親はどうなったのか。帰る場所はもうないと告げられ日に日に思考がぼやけていく。
「きみは綺麗だ」
彼の言葉が刻み付けるように何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も向けられる。
綺麗なんかじゃない。でも醜いのだろうか。そう、きっと歪んでいる。
「どうしたの?食べないと髪も綺麗にならないだろ?」
スプーンが押し付けられていたのがやがて口移しで食べさせられるようになった。
柔らかい唇が押し付けられ息遣いで私はまだ生きているのだと認識した。
青薔薇を求めたからいけなかったのだろうか。自由を失う代わりに永遠の美を手に入れたのだろうか。
“おれは諦めないことにするよ”
いつかの言葉が過る。東條先生が欲しかったのは本当にこんな私ですか?私が勘違いしていただけですか?
笑顔が美しいと言ってくれたのに笑顔を浮かべることができなくてごめんなさい。
もう動かない口。遠ざかる足音。いつものまたあとでという声。扉が閉まる音を聞いて私の世界は落ちた。
いつから話さなかった?いつから笑顔を浮かべなくなった?制服を着せたらまたあの時のように笑ってくれるのではないかと着せたのに。
もう彼女はおれを見てくれない、話してくれない、笑ってくれないと悟って笑いが漏れた。
「こんな世界、壊れてしまえ……」
聖域は朽ちた。おれが壊してしまった。彼女という聖域を。美しさがないこんな世界なんて壊れてしまえ。
数日海里を見かけない。理事長は元から姿を現さないから気にも止められない。だが海里はそうはいかなかった。無断欠勤扱いで東條家にも連絡をしてはみたが今はあまり連絡をとっていないらしくわからないと言われた。
「……やれやれ」
陽が落ち校舎内に誰もいないのを確認し元特別教務室へ続く階段の扉前へ来た。
「重労働は俺向きではないんですけどね。しかしこれで壊れるのか?」
斧の柄を握り数度試しに振ってみる。
少し前突然特別指導官制度を廃止し特別教務室への出入りを禁じる通達が届いた。初めは海里の理想とするものができたからなのかと思ったがすぐにある生徒がいなくなったことがわかった。海里が目にかけていた生徒だった。そのわりには平然としている。表面に出すような奴ではないが違和感を覚えた。
「全く互いに干渉しない関係だったのに、なっ」
準備運動を終え一振りし取っ手を破壊しようとする。だが一度では壊れない。
不自然に思いある日海里のあとを追うとこの元特別教務室へ向かっていった。それは幾度となく頻繁に。ため息や悩む様子がなくなった時期と一致しここにあの生徒がいるのだと察した。
三度、四度と振り下ろし取っ手は落ちた。足で蹴飛ばし開くとあまり見ることはなかった階段があった。
一応教務室前の扉が閉まっていた時のために斧は持っていく。
「嫌な空気、とでもいうんですかね」
階段を降りていくと生温い空気を感じて不快感が募る。
もう広がる光景はわかりきっている。あれから数日。海里は姿を見せない。ならばここにいるのだろう。
「海里」
わかってはいてもノックと共に呼び掛けてみる。返答はなく取っ手に手をかけ試しに開いてみようとすると扉は動いた。
斧を脇に置きゆっくりと扉を開けていく。
「……海里」
部屋の中は明かりは点いておらず暗かったが暗がりに慣れた目と階段から薄く入る明かりで部屋に二人の体が横たわり一面が赤黒いことがわかった。異様な匂いに顔をしかめる。
扉を閉め斧を持ち階段を上がっていく。
廊下にでて携帯の電波があるのを確認し電話をかけた。
すぐに東條家の者が訪れた。俺は口外せずに帰宅するよう言われたが何となく学園に残っていた。
二人の体は学園内にある青薔薇園に埋葬された。発見されにくい場所だからということらしい。
「……お前はどちらだったんだろうな」
強者か弱者か。海里は答えないだろう。これは俺の考え方で世界だ。海里は海里の世界にいた。
もう軽口を交わせる人物はいない。それがどこか寂しく思えた。
閉ざされた青薔薇園。聖域とも思えるような侵されない場所で忘れられていくのだろう。それが自然なことのように。
H26.6.9
Heiligtum
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