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下校時刻。生徒の別れの挨拶を返していく。たまに呼び止められて簡単な質問に答えもする。
聖クリストファー學園の生徒は他の学校に比べて規則が厳しい。最初は戸惑い、窮屈に感じても次第に慣れていく。それが当たり前のように規則を守る。
それがあの人が作り上げたもの。正確には継いだものを自分の作品にしていっている。
作品になれなかった私は聖クリストファー學園の教師になった。


職員室に着き自分の机へ向かう。連絡用紙を取ると下に小さな紫の紙片が置かれていた。指先で撫でくしゃくしゃにならないように握る。

「どうかしましたか?」

声に顔を向けると隣の机の凪原先生が戻ってきていた。

「嬉しそうだったので」
「このあと食事の約束をしているので過ってしまったのかもしれません。まだ勤務中なのに浮わついてたらいけませんね」
「いいと思いますよ」

軽い世間話。表面に出してるつもりはなかったけれどタイミングが悪かったようだった。気を付けないと。


帰り仕度をし職員室を退出し廊下を歩いて行く。
赴任してから一年が経った。卒業まではあっという間だったのに教師になるまでの時間は長く感じた。一切連絡もとれない。会えたのは実習の時だけ。それでもどこかであの人は見ていてくれている。私が學園に戻るのを待っていてくれていると信じた。そう思わないと気が狂いそうだった。

校舎を出て門には向かわず裏に回る。
薔薇園の近くの一見使われていない蔓に巻かれている塔まで来る。迷わずにある箇所を押し込むと扉が開いた。出入口のない塔は生徒だった時に噂を耳にしたことがあった。あの人に聞いた事もあったけれど秘密のにしていた方が今後の楽しみになると言われてしまったのを思い出す。確かに今教師となりあの人のそばにいるからここに出入りができることは今まで秘密だったからこその特別感があった。
螺旋階段をのぼっていく。明かりもなく夕陽が差し込むだけ。夜になれば月明かりだけになる。
扉の前までくると私が来たのがわかったかのように開かれた。

「お待ちしていましたよ」
「嘘です」

嬉しいはずなのに喜びきれずに言うと扉を開けた部屋の主は微笑んだ。

「おや、なぜそう思うのですか?」
「毎日紫の紙片を待っていたのは私だからです」

久しぶりに見た紫の紙片に驚きと共に喜びが抑えきれなくなるところだった。
扉を閉められやっと久しぶりに来られたのだと実感する。

「二週間くらいですよ?」
「15日です」

わかっていて言われているから強く告げる。
でも不満なわけではないし追い出されたくない。少しだけ言いたかっただけ。だからもう言うのはやめて溢れそうだった嬉しさを全面に出す。

「呼んでもらえて嬉しいです、東條先生」

東條先生は笑むだけで何も言ってくれない。それで良かった。報告を聞いてもらえると理想郷へ近づいているのだと実感する。東條先生の役に立てているのだと実感する。
それだけで幸せだった。


翌日抜き打ちの服装検査が行われることになった。生徒には悟られないよう行動する。

「時間ぴったりですね」

担当する教室へ向かう途中に柳先生と遭遇した。同じ学年を担当するのか自然と一緒に向かうことになる。

「早すぎても遅すぎてもいけませんから」
「確かに。生徒だった時も時間には正確でしたね」

少しの乱れが醜さに繋がる。そこまで時間に正確ではなかったけれど東條先生と共に過ごし自然と変わっていった。それは今も変わらず私の一部となっている。

「それはこの聖クリストファー學園に通えたからです」
「誇りですか?」
「はい」

聖クリストファー學園に通えたことを誇りに思う。嘘偽りのない思いだった。

「俺はこの先の教室ですから」

そう言って行ってしまう。担当の教室に立ち止まったわけではない。他の教師の担当を知っていてもおかしくはない。遭遇するタイミングがよすぎたとしても。
柳先生は東條先生と幼なじみというのは学生時代に聞いていた。学生時代は気にしなかったこともここで教師になってから気になるようになる。どちらに聞いても答えはしないだろうし柳先生に聞くことは私が東條先生と繋がっていると勘づかれてしまう。すでに勘づかれているかもしれないけれど私から知らせるような真似をしたくないのはなぜか。嫉妬に似たものなのかもしれない。私が知らない東條先生を知っている可能性があるから。知りたいのに知りたくないし、私も柳先生の知らないところで知らない東條先生を知っていると思いたい。それでも度々気になってしまう。過去は過去でしかないのにあの人のこととなると形振り構わず知りたくなる。
知りたいとも違うのかもしれない。東條先生の一部になれたらいい。もっとあの人の中に溶けてしまえたらいいのに。

柳先生が何のために接触してきたのかはわからないまま服装検査のため教室へ入って行った。


久しぶりに打ち込んだ文字が画面に表示される。印刷し出てきた紙を確認した。
唇をなぞった指先で文字をなぞる。特別指導の文字。
封筒に宛名を書き事務に発送するよう手続きする。

「今回は何分保つかな」

呟きと共に自然に笑みが浮かんだ。


翌日の放課後特別教務室で呼び出した生徒を待つ。
腕時計を確認すると時間は2分過ぎていた。

「川奈先生?」

扉が開かれて呼び出した男子生徒が顔を覗かせる。中に私がいて安心したような表情を見せた。

「扉を閉めて座って」
「はい」

異様な雰囲気を感じながらも男子生徒は従い椅子に座った。
私が鍵を閉めた音が部屋に響いた。

「どうしたの?」
「いえ……」
「時間過ぎたよね」
「……すみません」

わかっていて来たのかと呆れる。恐怖心を煽るように靴音を鳴らして前に回り込む。

「まず遅れたことを謝罪しなさい」
「遅れてすみま、っ」

机を片手で強く叩く。俯いていた男子生徒の顔が驚いて上がる。

「顔を見て話さないと」

柔らかく笑顔でたしなめると男子生徒は謝った。

「下校時刻を過ぎちゃうからさっさと本題にいくね。服装検査に引っ掛かったって自覚してる?」

男子生徒は何も言わずにまた顔を俯かせる。

「はいもいいえも言えないの?言葉を忘れてきたの?じゃあ教えてあげる。はいって言えばいいの」
「……はい、いっ」

顎を掴んで上向かせる。

「1時限目私の授業だったよね?なんで香水なんてつけたの?」

俯けず黙り込む男子生徒。目を逸らせば更に強く掴み指が頬に食い込む。

「香水は違反なの。知ってるよね」
「はい」
「何でつけたの」

声のトーンを落とす。わかっていて問う。男子生徒に言わせる。自分の愚かさを自覚させるために。

「つけたい気分でした、でつけるわけないよね?」

顔を突き放し回りをゆっくり歩いていく。髪留めを外して後ろから机に手をついて身体を密着させた。

「いつも熱心に見てくれてるよね?」

以前から目についていた男子生徒だった。
耳元に唇が触れそうになるくらい近づけて囁くと男子生徒が期待しているのが見てわかる。

「見るのは私の下半身じゃなくて黒板でしょ」

声のトーンを落とすと男子生徒が固まるのがわかった。体勢を整え片手を男子生徒の顎、片手を背に添える。そして姿勢を正させた。

「わかる?真っ直ぐ見るの」
「どうしてこんなところでこんなことをするんですか」

まだわかっていない。自分の過ちを。

「正すためだよ。貴方は過ちを犯したの」

手を離して前に回り込む。

「姿勢を正しなさい」

言わなければすぐに姿勢を乱すようではいけない。

「過ちで汚れきってしまわないように正すのが教師の仕事。貴方の性欲処理の妄想対象ではないの」
「そんなことしてるかわからないだろ!」

言い終わったと同時に椅子が倒れる音が響いた。
机に腰をかけ椅子と共に倒れた男子生徒を見下ろす。

「いい眺めでしょう?」
「……すみませんでした。っ……!」

起き上がれないように靴の先で胸を押さえつける。振り払おうとする手はもう片方の足で蹴る。

「見下ろされたくなければ優秀でいなさい。そうしたら私も貴方を評価する。そんなこともしないで誘うなんて私を馬鹿にしているの?」
「優秀になれば、見返せるんですかっ」

好意はなくなったのか睨まれる。それでいい。

「まずは反省文を書いてね。自分の過ちはもうわかるでしょう?」

足を退け机から降りると男子生徒は抵抗せずに座り直し反省文を書いた。
この男子生徒は大丈夫だろう。私への反抗心があろうがなかろうが二度と違反はしない。
今日も學園の秩序は保たれた。


次期理事長にと東條先生は私に話した。
理想郷を目指しながら理想郷に辿りついたらどうなるのだろう、人は同じものを美しいと思い続けられるのか。
整えられたものを求めながら不変を求める。東條先生はどうなのだろう。私は捨てられてしまうのだろうか。
理想郷に近づけば近づくほど不安も募る。私は東條先生さえいればいい。

そこへつけ込むように手紙が届いた。
差出人もないのに學園や東條家の私の知る範囲であろう事柄が書かれていた。私が知る範囲を把握してることが恐ろしい。
無視することも考えた。それでも無視できないのは“理想郷を遠ざけてあげる”と記されていたから。


「貴方が以前指導した生徒は見違えるようですね」
「聖クリストファー學園の生徒なら当然ですよ」

久しぶりの紫片の呼び出しで訪れた限られた者しか入室できない理事長室。

「今日の貴女は落ち着いていますね」
「そうですか?迫れば嫌がられてしまいますから。淑女失格だって」

本当は触れたい。東條先生がこう切り出す時は良しの合図。机を挟んで正面に佇んでいるのがもどかしくて椅子に座る東條先生の横に移動する。
屈んでキスをした。久しぶりのキスに高揚しながら焦らないようゆっくり腕を動かし上着の留め具を外し肩からずらす。

「抑えているんですか?」
「わかってるのに聞かないで下さい」

早く早くと逸る私を楽しそうに東條先生は眺める。
東條先生のシャツの留め具も外していくと東條先生が私の上着を脱がせて机に置いた。
手をシャツ越しに下に這わせて膝をつく。
腰のベルトを外してファスナーを下げる。幾度となくした行為でもこの瞬間は羞恥に晒される。口に含めば夢中になってしまうのに。

「っ……ん」

堅さを増していき口に広がる苦さと圧迫感に呼吸が乱れていき身体も熱くなっていく。一度口を離して奥まで含もうとした時に止められた。

「上にどうぞ」
「はい」

立ち上がりタイトスカートの裾を上げて東條先生に股がる。
下着をずらして先程まで口にくわえていたものを挿入する。自分から入れるのは何度しても慣れない。東條先生はそれをわかっていて指示するのかもしれない。

「はっ、あ……」

先が入り押し込んでいく。苦しさに堪えて体重をかけると奥まで入る。

「東條先生……」
「なに?」

いつもと違う口調だとわかると少し嬉しかった。
でもその先は言わない。この瞬間が何よりも一番好きだと。


少ししてまた差出人不明の手紙が届いた。前と同じように真っ白な封筒に真っ白な便箋。空白だらけの便箋には携帯番号だけ記されていた。
悪戯の可能性もある。でも興味もあった。もし前と同じ差出人ならばどんな人物があの人の箱庭を壊そうと私に話を持ちかけてきたのか。
さほど迷わずに私は電話をかけていた。

「もっしも〜し」

数度のコール音のあとには気が抜ける応対から始まった。

「あれ?聞こえてる?マイクテス、マイクテス?」

あちら側には誰かいるのか話し声が聞こえる。

「私に手紙を送ったかたですか?」
「あー!川奈ヒナちゃんか〜。悪戯電話かと思っちゃったよ。そうそう、僕が送ったんだよ」

まるで生徒、聖クリストファー學園にはいないけれど私より年下ではないかと思えるような話し方だった。

「同じ箱庭仲間だし関与はしたくなかったんだけどこっちにも色々あるんだよね」

聖クリストファー學園のこと、私のことを知られているとわかっていても話の内容にしては軽く言われ困惑する。

「まあ君に任せたんだけどね」
「え?」

声のトーンが下がり混乱してくる。

「君は彼の望みをとるのか自分の欲望をとるのか。普通は後者をとるよね。いいと思うよ!」

違うと否定できなかった。突然の明るい声に認めるしかなくなる。

「望みなんて自分にしかわからないんだしリタイアだけはしないでね」
「したらどうなるんですか?」

恐る恐る聞いてみると楽しげな笑い声が聞こえた。

「どうなるんだろうね?」

やはり楽しげなままそのあとは指示通りに動いていればその時はやってくると言われ電話は切れた。
リタイアなんてものは元からない。私には東條先生だけ。ずっと、ずっと、そばにいる。

次第に電話で告げられた通り完成間近の箱庭にひびが入っていく。
職員室で朝の連絡事項を教頭が告げている。補導される生徒が増え、無断欠席も増えた。
離れた席にいる東條先生を見る。表面上は装ってはいても苛立っているのがわかる。ごめんなさいと心の中で謝りながらも笑みが溢れそうになる。
理想郷を目指した。東條先生がいるから理想郷になるの。整えようと作品を作る彼が好き。私は作品にはなれなかったから。一部になりたい。
私は永遠に彼の理想郷を目指す人形。決して辿り着かない蜃気楼。私の理想郷は貴方の中にある。



H26.9.2

不可侵marionette:1
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