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彼女の問いかけに答えることはなかった。確かにそう思う部分もあればやはり美しさは統制し管理するからこそのものであると思う部分もあった。自由など乱れを招くだけだ。
不確定要素である人の感情がもたらす笑顔が必要であることを認めればこの楽園の矛盾を認めてしまうことになる。
否定できなかったことに関しては思考から追いやった。

年月は過ぎ、彼女はおれの作品にはなれずとも優等生として在籍し以前ほどではないといえ個別に指導もした。
そして卒業が間近となり彼女が教職を目指すことを知っているのを知らないふりを装い学園に誘った。卒業が迫り次第に気落ちしていく彼女に何て声をかけたらいいかと考えたら自然と誘うことを思い付いた。
誘った時の笑顔はしばらく彼女がいない間度々脳裏に浮かぶことになる。


「そういえば海里実習生と会ったのか?」
「葛葉先生、ここは廊下ですよ」
「はいはい、東條センセイ」

移動中葛葉先生と会い行き先が同じことから並んで歩く。

「僕の担当からは残念ながら外れていますからあまりお会いする機会はありませんね」
「在校中結構気にかけてた生徒だよな」
「そうですね。彼女は転校生でしたし一生懸命馴染もうとしてましたからお手伝いはしていました。彼女が何か言っていましたか?」

唐突に問われ彼女が何かおれについて聞いたのかと思ったが違ったようで葛葉先生は軽く首を横に振った。

「言いはしないけどたまたま通りがかった時の反応が気になってさ。慕われてたんだな」
「それは嬉しいですね」
「だから一言だけでも声かけてやれよ」
「そうですね。機会があれば」

あれから彼女は実習生として一時的に學園に戻ってきた。連絡は卒業してから一切取り合っていないし実習が始まっても一言も交わしていない。彼女の視線に気づいても振り向くこともしなかった。
そうしているうちに実習期間の終わりは近づく。


「東條先生、今お時間ありますか?」
「ええ、どうかしましたか?」

志奴先生に呼び止められた。志奴先生は彼女の実習期間中の担当になっており後ろには彼女が顔を俯かせていた。

「彼女を見てもらってもいいですか?あと日誌だけなんですが用事があって抜けなければいけなくなりまして」
「構いませんよ」
「ありがとうございます。じゃあ悪いな」

そう告げ志奴先生は急ぎ足で去った。
他にも頼める教師はいたはず。わざわざ職員室にいなかったおれに頼む必要はない。

「では美術室に行きましょう。もう生徒はいませんから」

歩き出すと彼女は無言で顔を俯かせたままついてきた。

日誌を書く彼女の向かいに座りペン先を見つめる。字は学生時代より更に整っていた。
しばらくすると書き終わり日誌を閉じる。

「終わりました」

できるだけ視線は合わさないように差し出される。
幾度となく浮かんだ笑顔が重った。

「では今日はもう帰っていいですよ」
「はい、さようなら」

彼女は最後まで目は合わさず頭を下げ足早に去った。

実習期間中はこの時しか接することはなく終了を迎えた。
そして時は再び過ぎ學園に招くための書類に判を押す。
特別指導官制度はまだ続いていて特別指導官も変わっていなかった。最も当人達は他の特別指導官を知ることはないが。
彼女を新たに特別指導官に加えることは學園へ誘った時から決めていた。


「私が特別指導官ですか?」

基本的には理事長のみ入ることのできる塔へ彼女を呼び、特別指導官の話をする。

「不満ですか?」
「い、いえそんな……でも私にできるんでしょうか」

學園の教師となった日彼女はあの笑顔をおれに向けた。
しばらくは慣れるまで待って告げたものの本人は不安があるらしかった。
椅子から立ち上がり彼女の毛先に触れる。俯いた顔がおれを見つめ、笑みを向けた。

「きみはおれの理想郷への道中を共に来てくれるんだろう?」
「……はい」
「なら不安になる必要はないよ。正すのだから」
「はい」

微笑みながら頷いた彼女。髪から手を離し顔を近づける。

「と、東條先生?」

驚いた様子で顔を引かれ閉じかけた目を開けた。

「お嫌ですか?」
「嫌なんて……」

躊躇う様子を見せるも今度は彼女の顔が近づき瞳を閉じた。啄むようなキスから舌を絡める。いつしかおれの首に両腕が回っていた。


楽園は完成間近になっていた。完全なラインを決めていたわけではない。学生は入学し卒業する。出入りを繰り返し不変なもの。出入りを繰り返しながらも完全にしたかった。これが聖クリストファー學園であり、入った瞬間から正さなければいけないのだと自覚する地。
予想に反しておれは冷静なまま學園を経営していた。


「海里クン、はいこれあげる!」
「これは?」

職員室で書類を確認していたはずが呼び掛けられてぼんやりしていたと気がついた。横には手を出している加修先生。受け取ると飴のようだった。

「元気なさそうだったからそんな時は甘いものだよ!さっき眉間にこーんなふうに皺寄せてた大チャンにもあげたんだ」
「それは……」

確実に凪原先生は食べないだろうとは言わないでおく。

「足りなかったら言ってね。たっくさん持ってるから!」

そう言って白衣の両ポケットに手を入れ、出すとたくさんの飴が出てきた。

「本当に沢山お持ちですね」
「瓶だと持ち歩きにくくて翔クンに言ったら包装してくれ、あ、あー!」

手から飴が溢れ落ち職員室に加修先生の声が響く。
椅子から立ち上がり拾うのを手伝う。

「こちらにも落ちてましたよ」
「ありがとー!」

彼女が数個の飴を加修先生に渡した。

「あ、君も飴いる?」
「私はいいです」

やんわりと断りすぐに離れていった。
拾ったものに紛れさせることもできたがおれは貰った飴は返さず上着のポケットに入れた。


普段は最低限しか話さず呼び出す際は紫の紙片を彼女の机に置く決まりとなっていた。
少し久しぶりの呼び出しとなる。ここにくると彼女はおれを求める。何度かたしなめ我慢をするようになった。我慢のできない様は美しくない。でもおれを求めてそうなってしまう彼女も好ましく思う。

「どうぞ」

扉のノックに対して答えると彼女が入ってきた。
扉を閉め中へ足を進め止まる。直立した彼女を見つめた。

「學園には慣れましたか?」
「はい」

暗に特別指導制度を指してるのは気づいているだろう。特別指導を行うと退学する者も少なくない。彼女は退学者を出さずにいた。

「学生の時も素晴らしい學園だと思いましたけど教師になって改めて見ると統制された楽園は綺麗ですね」
「そうですね」

共に歩む者に言われると嬉しさもあるがどこか違和感を覚えるのは彼女の学生時代におれに問いかけたことがあるからだろう。

「こちらへいらして下さい」

招くとゆっくりと距離を縮める。

「顔を下げて下さい」

言われるがまま彼女が屈み、口の中に飴をいれこんだ。

「ん……」
「話すとおれの指を噛むかもしれないよ?」

指は入れたままでいると彼女は驚きながらもおとなしくした。

「加修先生からいただいたものです。葛葉先生に聞いたら普通の飴ということですから」

話しながら指を更に口の中に押し込み舌に触れる。次第に飲み込めずに唾液が口から溢れていく。

「最近疲れている様子でしたから甘いものでもと思ったんですよ」

息が少し荒れ手に熱い息がかかる。飴は溶けたのか舌がおれの指を舐めた。

「僕の指は甘くありませんよ?」

笑いが漏れる。おれだけを見ておれの指を貪り唾液を垂らす。汚ならしいのに興奮してしまう。汚ならしいのに綺麗にさえ思えてくる。

「今日はおれからしてあげるよ」

指を引き抜き立ち上がった。


理事長に設置してあるモニターを見つめる。モニターには特別教務室が映し出され椅子に座った女生徒と指導員である彼女がいた。

「お付き合いしたいのはわかるよ?彼かっこいいもんね?」

今回の違反はおれが見つけ指導するよう告げた。不純異性交遊。男子生徒は柳遼太に、女子生徒は彼女に指導してもらうことにした。女子生徒は指導し更正する余地があるだろう。しかし男子生徒は数回違反をしている。柳遼太の指導で更正しないようならば自ら辞めていく生徒だろう。
彼女は女生徒の前方を左右に歩く。靴音が響き生徒は顔を俯かせ堪えているようだった。

「でも貴女は彼のどこに惹かれたの?顔?」
「ち、ちがいます」

弱々しく答える女生徒に指揮棒を伸ばし腹から首筋を辿らせていく。

「体かな?」
「っ……」

心当たりがあったのか生徒は言葉を詰まらせる。指揮棒で顎を上げさせた。

「快楽には勝てないよね?でももっと気持ちいいことがあるんだよ?」

親しげに説教などする気がないと思わせるように彼女は甘く言う。

「責任も取れないくせに馬鹿みたいに肉体の快楽を貪る貴女にはわからないだろうけど」

指揮棒を頬に押し付け横に押しやった。

「のど渇かない?」

持ってきていたのか水のペットボトルを取り出した。女生徒は答えない。馬鹿にされた怒りもあるのだろう。彼女はペットボトルの蓋を開け一口飲んだ。

「いらないの?」

少しの間のあと残った中身を女生徒の胸にかけた。微かに悲鳴が上がる。

「先生の、質問には、はっきりと、素早く、答えること」

靴音で強調しながら言うと女生徒が怯えた目で彼女を見つめる。すると女生徒の服を脱がし始めた。

「やめてくださいっ」
「どうして?風邪ひいちゃう。彼には脱がせさせたし自分でも脱いだでしょ?」
「……私が悪かったです」
「悪かった?校則を破ってセックスをしたことが?」
「そうです!」

もうこの場から解放されたいと泣きながら認め非を認める。すると彼女は自分の上着を脱ぎ女生徒にかけた。

「川奈先生?」
「先生はね、貴女にもっと知ってほしいの。知らないことはたくさんある。勿論肉体の快楽もだけどもっともっと深い場所にもある」
「……もっと?」

優しく頬を撫でられ女生徒の目から怯えは消えていた。

「先生は知っているんですか?」
「うん。聖クリストファー學園で学んだんだよ」
「私も知れますか?」
「聖クリストファー學園の生徒なら知っていく」

校則違反は許されないこと。けれど指導されていく姿を見るのもまた別の美しさがある。彼女は指導する姿も美しかった。

彼女を次期理事長に。家には言っていないが今の學園を見ればおれに口出しはできないだろう。美しさに保たれた學園。東條家はそのために聖クリストファー學園を造ったのだから。
完成された楽園を彼女が守っていく。おれの作品だ。


おれは気づいていたのかいないのか。いつしかひびが入り楽園は崩壊間近となっていた。理想郷は蜃気楼となってしまった。

「やれやれ。今日も事務室に電話が殺到のようですよ」
「知っていますよ」

柳先生が世間話かのように廊下で話を振ってきた。

「証拠はありませんが特別指導なんて噂も出てるみたいですし自主休校者も増えましたね」
「柳先生はどうされるんですか」

いつものように話しているつもりが自分でも声音が落ちているのがわかる。

「そうですね。退職希望や移動される先生方もいらっしゃいますが俺は元々教師になりたくてなったわけではありませんから」

それ以上はおれがわかっている事だからか言わない。辞める気はないことだけ伝えてきた。

「厳重だと思ったんですけどね……どこにも綻びはあるんですかね」

はっきり言わずとも内通者がいるのではないかと疑っているのがわかる。おれも内通者がいるのだろうと半ば確信していた。


数ヶ月経ち學園は休校となった。手入れが中途半端な屋上に立ち入り屋上から學園を眺める。

「東條先生」

声を掛けられても振り返らない。彼女にだけ取り乱した姿を見せた。内通者も彼女だろうとわかっていた。

「寂しくなってしまいましたね」

その言葉に彼女の昔の問いが過った。おれが求める楽園に足りないのは笑顔ではないか、自由ではないのか。答えなかった問いかけ。
生徒のいない學園は彼女の言う通り“寂しい”ものだった。

「東條家が立て直すために裏で今準備しているよ。時間はかかるだろうけど」
「そうですか」

怒りをぶつけ、屋上から彼女を落としてもいいだろう。
楽園を壊したのはお前だ、と。目の前に見えた理想郷を幻にしたのは裏切ったお前だと言ってもおかしくないのにどこか傍観者のような気分だった。怒りもない。
楽園が壊されたことでこんな気分になるのかと思ったが違うようだった。

「きみは理想郷への道をおれと一緒に来てくれるんだろう?」
「はい、一緒に創っていきましょう。楽園を」

もしまた楽園が完成しようとも彼女が壊してくれるだろう。蜃気楼を共に追い求めてくれるだろう。
だっておれが答えられない問いかけをしたのだから。
おれが求めるものを彼女は知っている。ただ唯一のおれの人形として何があってもそばにいる。

「東條先生」

胸に両手で触れられ爪先立ちになり唇が触れた。

永遠に続く理想郷への道を誰にも侵されず彼女と共に行く。



H26.11.6

不可侵marionette:2
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