帰路
学校からの帰り道、ふといつも持っていっているお弁当が入っている鞄を見下ろした。
「父様がいつも夜に文人さんが取りに来てくださってると言っていましたが……」
歩く速度を落としてしばし考える。
「わざわざ取りに来ていただいてるんですよね」
お弁当も作ってもらっているのに悪い気がした。
「行ってみましょう!」
先程より歩く速度を上げて帰り道を急いだ。
「いらっしゃいませ。小夜ちゃん?」
「こんにちは、文人さん」
神社への階段を上がらずに前にあるカフェギモーブに寄った。
いつものように文人さんはカウンターにいた。
「おかえり、小夜ちゃん」
「ただいま帰りました。お弁当箱を持ってきたんです。いつも取りに来ていただいてるので」
「唯芳さんに聞いたの?」
文人さんの前まで来て頷きながら鞄を差し出すと受け取った。
「わざわざ持ってこなくてもよかったのに」
苦笑しながら背を向けて鞄からお弁当箱を出して洗っていく。
「小夜ちゃん、座って。せっかく来たんだし珈琲飲んでいって」
「あ、はい」
ぼんやりとその光景を見つめていると文人さんが声をかけてくれてカウンターの席に座った。
何だか頭がはっきりとしない一日だった。眠いわけでもないのに。
「お弁当、今日も美味しかったです」
「ありがとう」
ぼんやりとした意識を振り払うように文人さんにお礼を告げる。洗い終わったのか文人さんがこちらに向いた。
カウンターに手をついて前のめりになり私に近づく。
「朝からぼんやりしてるよね?体調悪い?」
指先が前髪に触れる。顔色を確認するように覗きこまれた。
「体調は悪くないです。ご心配かけてすみません」
「じゃあ何か悩み事?」
指先は離れても近い距離はそのままだった。
じっと見つめられて、見つめ返す。
「……夢見が悪かったみたいで」
「どんな夢だったの?」
文人さんが体勢を戻し距離が離れる。
見上げると変わらずに見つめられていて視線を逸らした。
「内容は覚えていないんです」
「でも悪い夢だった?」
「悪い夢かもわからないんです。でも何か夢を見ていて、睡眠はとっているのにぼんやりしてしまって。夢見が悪かったからかと思いまして」
「小夜ちゃんはその夢が気になってるのかもね」
見上げると文人さんは珈琲の準備を始めた。
「気になるんでしょうか」
「きっと、ね。何か少しでも覚えていることはないの?」
珈琲を淹れながら文人さんは問いかける。
その瞬間何かが脳裏をよぎった。
「……名前」
「名前?」
「誰かが私の名前を呼ぶんです。“小夜”、と」
手繰るように宙を見つめながら呟く。映るものは何もない。耳元で囁くような呼び声。
「きっと唯芳さんだよ」
「父様ですか?」
「夢に見るぐらいだから大好きな父様の夢を見てもおかしくないでしょ?小夜ちゃんは父様の夢を見ただけなんだよ。楽しくてぼんやりしちゃったのかな」
少しからかうような口調で淹れたての珈琲を私の前に出してくれた。
文人さんの言葉と珈琲の香りで安心する。
「そうなのかもしれませんね。夢が楽しくて疲れてしまったのかもしれません」
カップを手にし珈琲を一口飲む。不思議と頭はすっきりしていた。息を吐いて頭に引っ掛かっていたものもとれた気がする。
「ですがそんなに楽しい夢なら覚えていたかったです」
「唯芳さんとの夢だとわかったなら現実にすればいいよ」
「そうですね。文人さんも一緒に」
「僕も?」
はいと頷くと文人さんはありがとうと笑ってくれた。
「寄れる時に持ってきてくれればいいから」
「はい。ではまた明日」
「また明日ね、小夜ちゃん」
文人さんに別れを告げてギモーブを出た。
お弁当箱は持っていける時は帰りに持ってくるよう告げた。
「もしかしたら来たかったのかもしれません」
閉まった扉を背に神社の階段を見上げながら呟く。
文人さんと過ごしていると安心する。父様とももちろん安心する。でも少し違う。その違いが何なのかはわからないけど。
朝からの違和感と頭に引っ掛かる夢が少し不安だった。
だから文人さんに会いたかったのかもしれない。
「帰りましょう」
ギモーブの扉にお辞儀をして神社の階段に向かった。
H24.7.10