不思議な日常


「文人さん、今日は私が洗い物やります」
「小夜ちゃんが?」
「はい!」

休日の朝。
小夜が朝食を食べ終え珈琲も飲み終わったのを見届け食器を下げようとしたら小夜が言い出した。
立ち上がり食器を手にしカウンター内に入ってくる。
今日は休日だったけど着替えないと落ち着かないと制服を着ていた。

「ありがとう、小夜ちゃん」

食器を洗う小夜に言うと小夜は首を横に振る。

「いいえ!いつも文人さんには美味しいご飯をいただいてるのでこのぐらい当然です」

美味しいと言ってくれるのはやはり嬉しかった。それが小夜の糧にならなくても。
洗い終わった食器を小夜から取り布巾で拭いていく。

「今日は玉子焼きの特訓でもしてみる?」
「いいんですか!?」
「もちろん」

小夜は喜び、食器を洗っていった。


「はい、エプロン」
「エプロン?」

料理前の準備を終えコンロに置かれたフライパンを真剣に握る小夜にエプロンを差し出した。

「料理をするならエプロンをしたほうがいいかと思って用意しておいたんだ。小夜ちゃんは女の子だから赤系統」

小夜は差し出したエプロンを受け取りしばらく見つめ、顔を上げる。

「文人さんと色違いなんですね!ありがとうございます。さっそく着てみますね」
「後ろ留めてあげるよ」

エプロンを着用し後ろのボタンを留める。小夜は自分の姿を見つめ、やる気を表すように腕を上げた。

「今日はうまくいく気がします!」
「うん、頑張ろうね」

そうして玉子焼きを作り始めた。
苦戦しながらも教えながら作り前回よりもうまく出来上がった。

「やっぱり文人さんみたいにうまくはいきません……」
「何回かやっていけばもっとうまく出来るよ」
「そうでしょうか?」
「小夜ちゃんは頑張り屋さんだから。きっと結果に表れるよ」

自分で作った玉子焼きの乗る皿を見つめ肩を落とす小夜の頭を撫でる。
小夜は躊躇いがちにこちらに視線を向け微笑んだ。

「文人さんにそう言ってもらえるとそうなる気がします」
「そう?」
「はい!」
「ならよかった」

小夜の手から皿を取りテーブルに置く。

「冷める前に食べようか。珈琲淹れるから少し待ってて」
「珈琲……」

呟いてしばし考えこむ小夜。

「私にも珈琲淹れられるでしょうか?」
「小夜ちゃんの珈琲はちょっと難しいかな。それに小夜ちゃんの珈琲を淹れるのは僕の役目だから」

小夜の珈琲は記憶の上書きも兼ねている。定期的に飲む事で今の小夜を安定させる所謂特別製だ。

「そうですか……やはり難しいんですね」

心底残念そうにする小夜。ふと横目にあるものが視界に入り小夜の肩に手を置く。

「じゃあ今日は僕の分を淹れてもらおうかな」
「いいんですか!?」
「そこのコーヒーメーカーから移すだけなんだけどそれでもいいかな?」

小夜の喜び様に期待にそえるか心配しながら言うと小夜は嬉しそうに頷く。

「こちらの容器からカップに移せばいいんですか?」
「うん」

小夜がカップを片手にコーヒーメーカーに近寄る。
小夜が移す間に小夜の珈琲を淹れていく。
小夜は慎重に移していてその様子に笑ってしまった。

「できました!」
「こっちもできたよ」

小夜の珈琲をテーブルに置く。小夜はカウンター内から出て僕に淹れてくれた珈琲を自分の席の隣に置いた。

「じゃあ食べようか」

カウンター内から出て小夜の隣に座る。
色違いのエプロンをつけて互いに淹れた珈琲を飲む。不思議な日常だった。

「文人さんの珈琲美味しいです!」

笑う小夜の隣で彼女の淹れてくれた珈琲を飲み、彼女の作った玉子焼きを共に食べた。



H24.7.6