aeon:2


地下深いその場所へ降りていく。エレベーターはなく螺旋階段だけが繋ぐ。
途方もない距離を降りるのは好きだった。この一歩が彼女が待つ部屋へと進めていく。確実に彼女はいるのだから。
逸る気持ちを感じたのは初めてでしばらく経っても変わらない。

階段を降りきるとほの暗い空間に出る。並ぶ失敗作の入れ物には目もくれず部屋を真っ直ぐ目指す。
大きな扉は門のような作りで僕が近づくと重たい音を響かせて道を開いた。

真っ白な部屋に入る。部屋には簡素な椅子には不釣り合いな黒いドレスを纏った小夜がいた。目も黒い布で覆っている。横には大きくも小さくもない時計が針を動かしていた。
扉が閉まり立ち止まった足を一歩踏み出す。すると力を抜き椅子にもたれまるで寝ているかのようだった身体が動き体勢を正した。
しばらく別の部屋で暮らしていたがこちらへ移した。小夜は抗うことなく従う。それは小夜が敗者で僕が勝者だからだ。

「小夜」

小夜の目の前に立ち、顔を両手で包み上げさせる。
髪も結う必要はない。彼女はただ僕のそばにいればいいから。真っ白な部屋に真っ黒な彼女が際立つ。広いだけの部屋。そこに小夜がいるだけでいい。

「小夜?」

小夜の唇が微かに動く。次第に声も出さなくなっていった。
その様はまるで壊れていくように思える。

「小夜、君は死なない。古きものに死という概念がない。還るだけだ。でも小夜は全てが此世にある。なら小夜が還る場所はどこにあるんだろうね」

小夜は長い時を生きてきた。本人にもわからない時間をずっと。これから僕がいなくなった世界でも彼女は生きていくのだろう。僕は彼女に何ができるのかとずっと考えてきた。
ゆっくりと小夜の手が上がり目で追う。
行き着いたのは小夜の顔を包んでいた僕の手。重ねられた手の感触が何を伝えようとしているのかはわからなかった。
針が音を立て時を刻んでいる。時のないような部屋にある時を刻ませるのは終わりがあることを知っているからだ。
彼女の一部になれたら、彼女を一部にできたら終わりすらない。

「欲しいよ、小夜……」

閉ざした赤は見えない。でも彼女は僕だけを映す。刻む音を聞きながら唇を重ねた。


奇妙な夢を見た。
起きてしばらくここが現実かわからなかった。
だから小夜に話してみることにした。ここが夢ではないと確証できるものはないのに。

「今の文人が文人だろう」

食堂で話終えると小夜はそう言い珈琲を飲んだ。

「分かれた世界はなく、もしもの選択を夢に見ただけなのかな」
「あったとしても……」

言葉を切りカップに口をつける。
片肘をついて小夜を見つめる。夢の中の小夜は目を覆っていた。あの部屋には白と黒しかない。時間の感覚を失わせるような空間。でも時は刻まれていく。
ここでは小夜が勝者、僕が敗者。褒美と罰が与えられたのかは僕にはわからない。夢の中の僕と小夜の褒美と罰は何だったのか。自身でも違えば違う自分。全てがわかるわけではない。

「あったとしても?」

少しの間のあと聞き返す。言ってくれるかはわからない。
やはり小夜は無言で珈琲を飲み終わりカップをテーブルに置いた。

「文人はその後どうした」
「僕?ああ、夢のだね」

途中で目覚めた事は話しているからその後どうするかを考えろということだろう。同じ自分だとしても状況で選択は変わる。でも変わらないものがある。そう考えるとすぐに出てきた。

「君を食べられるようにするかな」

日常会話のまま答えると小夜は然程驚いた様子もなく僕を見つめ続ける。

「小夜の生態がわからない以上一体になるしかない。極端な話地肉にするんだね。僕が不完全とはいえ古きものになっていたなら完全な古きものを食べたらどうなるか……」
「死という概念がない以上私は残る、というわけか」
「一応はそうなるね。でももっと簡単なことなのかな。小夜のそばにいたいからそこへ至っただけで」

変わらないのは小夜のために何ができるか、そしてそばにいたいということ。
世界の理は覆るとしても七原の家に生まれ力を持ちながら目的もなく生きてきた僕が初めて持った意思だった。僕にとって小夜は世界だから。

「小夜?」

先程は驚かなかったのに今は驚いているように見える。
呼び掛けに小夜はカップを持って立ち上がった。答えるつもりはないようだ。
キッチンに行くのだろうとそのままでいると微かに頬に感触が伝わった。小夜を追うと背を向けて行ってしまう。
指先が触れた頬に触れる。夢の中の小夜が何を言おうとしたのかはわからない。でも僕と同じようにここにいる小夜と変わらないものがあるのかもしれない。
永遠に彼女と共にいられたら。刻む音は永遠に鳴り続ける。それは彼女と共にいる証。


H27.2.24