旅立つ準備


この地を出ることにして数日。旅立つ準備をしていた。
と言っても代わり映えはなくいつも通りに過ごしていく。いつも通りと言えるようになるまでに何年経過したのか。共にいるようになり何年経過したのか。


「移動はどうする」
「国内なら車かな」

小夜は夕食後の珈琲を飲む。小夜の問いに答えると訝しげに見られた。

「運転はどうする」
「僕がやるよ。それとも小夜が運転する?」
「……できるのか」
「僕?見たことなかった?」

そういえば大体は他の者に運転をさせていた。小夜と共に乗った時は小夜の隣にいたのだから僕が運転している姿を見てはいないだろう。

「大丈夫。無事故無違反だから」
「滅多に運転しない者に言われても説得力がない」
「心配?」

僕の疑問に小夜は珈琲を一口飲みカップを置いてから答えた。

「心配はしていない。文人が運転をするのが意外だっただけだ」
「小夜は何か持っていくものはない?」

食堂を出て部屋に向かう。小夜は正面を見据えたまま無言。思い当たるか考えているのだろう。刀は出発の際に新しいものを用意するよう指示してある。だから刀以外だ。

「制服」
「は、国内ならいいけれど今はどれくらいあのタイプが残っているかわからないから国内でもかえって目立つかもね」

小夜の言葉に続くように言う。
小夜は制服にこだわる。何でも動きやすいのもあるが外見年齢からも不審に思われないというのもあるらしい。

「……動きやすい服。最近着用しているのは駄目だ」
「可愛いよ」

睨まれ、笑みを返す。レースのついたロングスカートとフリルの装飾が施されたブラウスでは戦いにくいかもしれない。小夜が選ぶものは動きやすさ重視だからたまに僕が選んだものを朝置いておく。最近は毎日のように置いていた。

「例えそういう服装でも小夜は動きやすいように破きそうだよね」
「破く手間を省く」
「なるほど」

その様を見てみたいけれどとは口にしない。小夜が再び思案し始めたからだ。小夜の部屋まで沈黙が続いた。

「髪留めがほしい」
「新しいのってことかな?」

僕が取っ手に触れると開く前に小夜が告げた。

「前のだ。最初につけていたもの」

小夜を捕らえあの制服に着替えさせた際に赤い紐で髪をくくった。小夜はその髪留めのことを言っているのだろう。片方はあの時の戦闘で無くなり、もう片方は小夜が持っている。

「不思議だよね。切っても何をしてもこの長さになる」

毛先を手にし指先で弄ぶ。服装よりも一番動きにくくしているのはこの長い髪だろう。だが伸びてくるものはどうしようもない。

「髪を上げたりはしないの?」
「このままでいい」

こだわりとなる何かしらがあるのだろう。何かもわからないが小夜がこだわっているとわかるだけで言い表せない気持ちになる。

「一つに束ねたほうが邪魔にならないよ」
「二つでいい」

他の髪型にと提案しても小夜が譲らないのはわかっていて弄っていた髪を口元に寄せた。

「あの髪留めで二つにしたい」

赤い紐は僕が選んだものだ。それを旅立つ際に必要なものに上げられて複雑になる。

「小夜の綺麗な黒髪には赤が似合うからね」

小夜のために選んだものを小夜に必要とされるのは嬉しかった。
髪から手を離し扉を開ける。いつものように小夜は中に入り、僕もそのあとから入り扉を閉める。
いつも通りと言えるまでになった生活。それが終わる。
でもいつかは違う生活もいつも通りと言える時が来るのだろう。小夜と二人でいることに変わりはないのだから。



H27.7.20