猫耳


「小夜ちゃん今日は遅かったんだね」

カフェギモーブの前で駆けてくる小夜を迎えた。小夜は息を切らした様子もなく僕の目の前で緩やかに足を止める。

「ちょっと探していて」

カメラの映像から小夜が物陰や茂みをかき分けて何か探していたのは見て取れた。今日の行動から推測をすると察しはつく。

「何か落としたの?一緒に探そうか」
「い、いえっ!落としたとかではなく……」

端切れ悪く小夜は俯き、鞄の持ち手を両手で握りしめた。何かはわかっていて問う。少しの間のあと小夜は口を開く。

「……猫さんを」
「猫?」
「はい。学校で皆さんと話していたら知っているのに触ったことがないなと思って」
「触ってみたくなったんだ?」
「はい」

記憶操作の影響で知識はあっても接した記憶がなく混乱することがよくあった。調整をしてリセットをする頻度は減ってもこういったことはよくある。だからキャストにはそのあたりも言ってあるけれどなかなか言うことは聞かない。些末なことだし別にいいけれど。

「浮島では確かに見たことないかな」
「やっぱり」
「小夜ちゃんがもう少し大きくなったら唯芳さんに浮島の外へ連れて行ってもらうといいよ。そしたら触れるんじゃないかな」
「そうですね!父様と一緒に」

嬉しそうに未来に思いを馳せるような小夜は可愛らしい。どれもあるわけのない未来。小夜の姿はこのままだし、唯芳と共に猫を見ることもない。

「文人さん?」
「僕猫みたいな毛だって言われたことあるんだ」

頭を下げて小夜に差し出すような仕草で頭を小夜の方へと向ける。実際蔵人にお前は猫みたいだな髪もと言われたことがあった。言っている意味はよくわからなかったが今となってはその意味不明な言い分も受け入れて小夜に頭を垂れている。

「柔らかくて気持ちいいですね」

小夜の手がそっと髪に触れると指が差し入れられ撫でられる。こんなことをされたのもさせたのも初めてだった。

「ありがとうございます、文人さん」

しばらく小夜の手を感じるように目を閉じるとその言葉とともに離れていった。顔を上げると小夜は笑っていた。ただ僕の頭を撫でただけなのに。



「何だそれは」

起床して館の廊下を歩いていると前方から小夜がやってきて立ち止まる。訝しげな表情を浮かべた小夜の視線は僕の頭上に向けられ一言放たれた。

「猫の耳だね」
「わかっているのか」

今朝になると僕の頭には猫の耳のようなものが生えていた。本来の耳もついていて奇妙だ。特段変化があるわけでもなくそのまま部屋から出てきた。呆れた様子の小夜は相変わらず僕の猫の耳を凝視する。まるで猫のように興味を示しながら触れるか触れないか思案しているようで可愛らしい。

「触る?髪とさほど変わらないけど」
「……」

無言のままいた小夜の手が伸ばされる。向けられたのは頭上の猫の耳。いつかのあの日のようには頭を下げずにいると小夜は踵を上げた。

「浮島の時猫を探していたよね。記憶操作の影響で無意識に探してるのかと思ったけれど、猫好きなのかな?」
「別に……」

そう言いながらも伸ばされた手は猫の耳に触れたまま、指先は軽く揉む。機能としては然程役割を果たしていない猫の耳は触覚はあり何だかくすぐたかった。

「猫の耳だけでこうなら猫そのままの姿になったら小夜の膝の上にいられるかな」

その腕に抱かれて一つになれるかな。
小夜は触れたまま、けれど指先を動かすのを止める。踵は上げられたままじっと見つめられる。

「どんな姿でもいいだろう」

そう言って耳を撫でつけるように後方へと緩やかに撫でられた。不思議な感触で浮島のあの日と少し違ったような気がした。
撫でると小夜の手が離れていき踵が付く。

「そうだね。君は君のままだから」

君を中心としてどんな姿でも見ている僕は僕のままなのだろう。


R3.2.27