回想


明日の学校の仕度をするために鞄の確認をしようと開けると見慣れない紙が視界に入った。

「何でしょう?」
「小夜」
「はい!」

父様の声が部屋の外から聞こえ小さく四つ折りにされた紙を片手に握りしめて襖を開けた。

「何でしょうか?」
「……茶を淹れたから一緒に飲もうと思ってな」
「本当ですか!?」

父様が頷き歩き出すと部屋を出て襖を閉めた。
すぐに後を追うと父様が立ち止まる。

「紙を」
「え?」

小さな声でそう言われて首を傾げる。父様がこちらを振り返り、その視線が紙を握りしめている手を見ているのがわかり意図がわかる。
真剣な表情に何も答えずにその場でそっと紙を開いた。

「今日は共に茶菓子を食べようと用意したんだ」

父様が私に身体を向けながら何事もなかったように話しかけてくる。

「と、言っても文人から貰ったんだが。小夜と食べるよう言われてな」
「そうなんですか。以前文人さんに父様が一緒にお茶をしてくださらないと話したからかもしれません」

紙には文字が記されていて最初の一文が目に入り、私も普段通りに返した。

“何かを読んでいるような素振りは見せずに会話をしてほしい。そしてこれを読んで頭痛がしたなら目眩がしたと言って私に寄り掛かりなさい。動揺してもだ。”

「そうか……なかなか共に食べていないからな」
「はい」

動揺?と疑問に思いながら読み進める。

“私は小夜、お前の記憶を上書きし今の生活をさせている。これは七原文人の実験だ”

「小夜」
「……はい」

一瞬その場に座り込みそうになりながらも保ち、そのあとに記されていた文を読み終えた。
示すように紙を畳み握りしめると父様が再び歩き出し、その後はいつも通りに過ごした。


「最近終わると倒れちゃうね。やっぱり思い出しかけてるからなのかな」

夜半。古きものとの戦いが終わり、数滴口に含むと私はその場に伏した。
しばらくしないうちに車の音がし、数名の足音と共に聞きなれた声がする。

「……小夜ちゃん」

いつも呼ばれている名なのに今は声音が違う。
悟られないように意識を失ったふりを続けると身体が浮いた。

「行こうか」

頭上から声が聞こえ文人に抱き上げられたのだとわかる。
どこかに座りそのまま文人に抱きかかえられる体勢で揺れた。どうやら車に乗ったようで移動するようだった。


すでに記憶は半ば思い出しかけていた。これが偽りの生活で私は人ではないということを。
紙には今夜の務めの際に襟元についている小型機器を事故に見せかけて破壊すること、古きものの血を含み倒れて待つ事が記されていた。


やがて目的地についたのか再び抱き上げられ、どこかに身体を横たえられた。

「唯芳、頼んだよ」
「承知しました」

短い受け答えのあとに扉が閉まる音がした。

「小夜」

呼び掛けられ薄く目を開けると見慣れない薄暗い小さな部屋に私はいた。意識があるのを確認するように父様が私を覗きこむ。

「大丈夫か?」
「……大丈夫だ」
「起きるな。ここは監視がないと聞いてはいるが確実ではない」

身体を起こそうとすると軽く押さえられそのまま体勢を戻した。

「記憶が戻ったか」
「まだ靄がかかったような感覚だが私が何なのかと文人の事は思い出した」
「そうか」
「なぜ私に教えた。お前は文人側の者だろう」

私は父様、この半面に不意をつかれ捕らえられた。父様もそれを自覚しているのか視線を逸らす。

「謝罪をするつもりはない。私は文人様に仕えているからな」
「利用されているのか」
「違う。私には居場所がなかった。共にいた者がいたが人の生は短い……一人になっていたところを文人様に見つけてもらった」

憂いを帯びながら口にした言葉に感情を読み取り、操られてるわけではなく父様の本心で私に明かしたのだとわかる。

「なぜ私に教えた。文人の実験……勝負ならば違反になるだろう」
「……このままではお前も一人になる」
「私は一人だ。それは変わらない」

変えられないとは口にしなかった。父様は慈しむように私に視線を向け頭を撫でた。

「短い間ではあったが共に過ごし、近い存在であるが故にもしかしたらお前も私と同じように居場所を求めてるのではないかと話がしたかった」

記憶が戻った今でも半面に対して嫌悪感はなかった。あるのは情愛。向けられたものに偽りがないとわかる。
半面の存在は知っていたが会うのは初めてで自分と近い存在に親しみを感じた。それは半面、父様の言葉を聞いて更に強まった。

「もしそうならば私は記憶を上書きしない」
「……違うと言ったら?」
「私は文人様に仕える。だから文人様に危害が及ぶなら……」

辛そうに顔が歪む。父様は表情に出にくいのに嘘がつけずごまかすのも下手なひとだった。難儀な者だと思う。
私は天井を見つめてしばし思案する。

「私はこのような生活を夢見て、諦めていた。どうしようと人と共になどいられない」

そこで一度言葉を区切り、文人を思い出す。
短い時間ではあるが共に過ごした。それが偽りなのか策略なのかはわからない。だが度々私に触れた感触を否定できず、先程抱き上げられた事も過った。どんな表情をして私を抱き上げていたのか。

「私はどうしたらいい」
「……文人様と話をしてほしい」

父様に顔を向けると真剣な眼差しと目が合う。
この生活をする前の私では話をしようとは思わなかっただろう。いや、文人が話をしないだろうとわかっていた。話はするのにあの男は真意を語ろうとはしない。

「……わかった」

今回もそうかもしれない。それでもこの生活が私に与えたものもあり、夢見たものだと告げるために話をする決心をした。
そして一言そう告げて目を閉じた。



H24.9.16