潰し


「ごちそうさまでした」

小夜は丁寧に手を合わせて言った。
コートを購入したあと和菓子を買い屋敷に戻った。
小夜の自室のテーブルに購入した和菓子とお茶を用意し食した。

「お団子でよかったの?」
「はい、とても美味しかったです!」
「甘いもの好きだもんね」
「はいっ」

嬉しそうに頷き緑茶の淹れられた湯飲みを手にする。

「珈琲も好きみたいだからケーキと迷ったんだけどね」
「珈琲も好きです。文人さんの淹れてくれた珈琲は特に大好きです」
「ありがとう」

小夜は手にした湯飲みを口につけ飲んだ。
ベッドにある紙袋を見遣り立ち上がる。

「文人さん?」
「着て見せてほしいな」

紙袋の中から先程購入したコートを取り出す。すると小夜は頷いて立ち、近寄ってきた。

「後ろ向いて」

言われるがままに背を向けた小夜にコートを宛て腕を通すよう促す。両腕を通し終えて小夜がこちらに向き直った。長いコートの裾が翻る。

「似合うよ」
「本当ですか!?」
「うん」

シンプルな薄茶色のロングコート。この生活をはじめて何度か小夜に着たい服を尋ねたが動きやすければ何でもいいと返ってきた。このコートも防寒の役割を果たし長くはあるが小夜の邪魔にはならないだろう。

「明日からさっそく着ていきますね」
「うん」

襟を正すふりをしながら襟元に触れる。小夜は何の疑いもなく僕を見上げた。
浮島の時と同じように慕ってくれる。だけど違うのは小夜の記憶を操作していないことだった。ただ記憶を消しただけで、そのあと記憶を戻しても小夜は日常生活に問題がない程度に記憶を上書きしろとだけ言う。
たまに飲む珈琲も何の変哲もない珈琲。なのに小夜はここにいる。

「文人さん?」

襟元から手を離し、小夜から目を逸らした。逸らした視界にはベッドが映り、座る。

「体調が悪いんですか……?誰か呼んできたほうがいいでしょうか」

座る僕の前に立ち心配そうに覗きこんでくる。
小夜がドアに向かいかけて腕を掴んだ。

「小夜ちゃん」

呼び掛けながら軽く引く。小夜は戸惑いながらも身体を近寄らせ掴んだ腕を離すと両肩に手を置いた。
小夜の腰を引き寄せると小夜の片膝がベッドに載る。

「文人、さん」

腰から背に、肩、首、頬と手を這わせていく。
頬を指先で触れて再び襟元に手をかけ僅かに下げる。
両肩まで下ろして強く引いてベッドに倒れた。

「小夜ちゃんは軽いね」
「そうでしょうか?」

仰向けになり身体に載る小夜を見つめる。
小夜は小柄で見た目通り軽く感じた。

「たとえ重くても小夜ちゃんに押し潰されるならいいけどね」
「そんなに重くはならないです」

冗談のように言うと小夜は拗ねたような表情をした。冗談だとわかっていてもそんな表情をする小夜は可愛らしくて頬に触れる。
すると小夜は一瞬不思議そうに見つめながら嬉しそうに目を細めた。

「文人さんにこうして触ってもらうの好きです」
「僕も小夜ちゃんに触るの好きだよ」

笑みを浮かべる小夜の頭を撫でると目を閉じて胸に寄り添った。
僕も目を閉じて小夜を抱き締めた。
押し潰されてもいい。それは冗談ではなかった。



H24.9.20