現状


昼間に通っている学園の制服とは別の制服に身を包み、夜闇の林道を見据える。
先程文人の私設兵から渡された連絡機器を耳に入れ込む。

「小夜、寒いからこれを着て」

肩に何かをかけられ振り返ると文人が私にコートをかけていた。先日私に買い与えたコートだった。

「いらない。それは今着るものじゃない」
「寒い時に着るものだよ」

振り払おうとすると両肩を掴まれ顔を寄せられる。

「同じ物はあるから大丈夫」
「代わりがあればいいのか」

顔を離し身体からコートが離れる。先程までは感じなかった寒さを感じた。風が出てきたのかもしれない。

「そういう意味で言ったわけじゃないんだけどね。何なら僕のを着ていく?」

言いながら自身が着用しているコートを脱ごうとする文人に半ば呆れながら私へのコートを奪いとった。
私の行動がわかっていたかのように笑みを浮かべる文人から顔を背けコートを着る。

「今回は一体みたいだから探すのに時間がかかるかもしれないね」
「私設兵は囮にするな」
「わかってるよ。以前小夜を怒らせたからね」

頬を微かに撫でられ刀を差し出される。

「今日は九頭も出るから分散して探せると思うよ。見つけたら連絡を入れるから」
「わかった」

刀を受け取り前に足を踏み出す。次第に足が早くなりやがて駆け出し林の中へ入り込んだ。


浮島を離れて半年。
私は文人の元で古きものを狩る生活を選んだ。
普段は記憶を上書きし、人のように暮らしている。私が望んだ人と共にいる生活。束の間だとしてもよかった。 

「血のあと……」

足を止め古きものを探していると血臭がし、足元を見ると血が点々と落とされていた。

『小夜、九頭が古きものを逃がしちゃったみたいなんだ。二人の位置的に近くにいるかもしれないから周辺を探してみて』
「見つけた」

耳に入れた機器から文人の声が聞こえるとこちらを見る異形の影を捕らえた。
ゆっくりと鞘を抜いていく。すぐに決着はつくだろう。あちらは動けばどうなるかわかっているのか動かずに様子を見ている。
だが鞘から抜ききる前に古きものが上へと跳んだ。枝葉を擦る音だけが聞こえる中すぐに古きものは私の真上に落ちてきた。
僅かに後ろに下がり膝を曲げ跳躍し落下途中の体を地に蹴飛ばした。
地に降り、落下し体勢を立て直せていない古きものに駆け出しそのまま胴体を半分に切った。
一瞬の静寂のあとに血飛沫が上がり、立ち上がり刀を振った。
振り返ると飛沫が微かに落ちてきて口を開ける。

「文人様、小夜が仕留めました」
『そう。じゃあ二人共戻って』

口を閉じ飲み込むと林の奥から人影が現れた。
文人に従っている九頭という男だった。

「なぜこんなことをしている」
「なぜ、とは?」

あまり会話を交わしたことはないがこの男が私を良く思っていないことはわかる。殯の当主とはまた違う嫌悪感と違う何かを向けられている。

「文人様の元にいると決めたならこんなことはせず愛玩人形のようにいればいい」
「文人とは話をして今の状況にいる。お前には関係ない」
「更衣小夜として生きると決めたのだろう?」
「私は小夜だ」
「ならば……」

九頭が戦闘の構えをとる。文人に従い護衛をしているだけに戦闘能力は高い。人だからと手加減していては私も深手を負いかねない。

『九頭』
「はい、文人様」

制するように文人の声が響き、この場にいないにも関わらず九頭は姿勢を正し頭を下げた。
そして何も言わずに林道へと向かっていく。
私も何も言うことはなく鞘を拾い刀を納めて林道へ向かった。


出ると先程までは明かりを落としていた道に明かりが灯っていた。
ふと自身の身体を見るとコートには赤い染みがいくつもできていた。

『小夜、戻ってきて』

聞こえた声に視線を前へと向け歩き出した。



H24.11.20