勝敗


浮島地区の終了と後始末への連絡を蔵人にして数日。
東京へと戻ってきた。小夜を連れて。

「ここはどこだ」
「東京だよ。この建物は塔の本拠」

久しぶりに感じる小夜の声に応じる。
この数日小夜とは会話をしていなかった。唯芳と共に見張りをつけ帰還の準備が終わるのを待った。
唯芳は特に言い訳もなく不要なら殺してくれていいとまで言った。対処は保留とだけ告げ、別の車で移動し塔に入ったはずだ。

「こんなに目立つ建物でいいのか」

小夜が建物を眺めながら呟く。
その言葉に小夜の中でいわゆる人の常識というものを知っているのだとわかる。目立つ建物で何か不穏な事はできないだろうと思ったのだろう。

「結界を張ってあるんだ。術者でもなかなか見破れない。意図的に僕が弱めたりしなければね」
「わざわざ結界を張る必要のある建物をなぜ建てた」
「形から入ろうかと思ってね。それにこういう見た目が好きな人もいるんだよ。見るからに巨大だから」

小夜の視線がこちらに向けられるがそれ以上会話は続けられなかった。

「行こうか」

手を差し出しても取られることはなく小夜はそのまま歩き出した。


「まずこれからの事を話さないとね。小夜は勝者になったけれど僕からは離れられない。どこに行くにも監視がつく。僕がいるかぎり永遠に」
「何が言いたい」

最上階の部屋に小夜を案内し、普段使っていた奥の机に歩きながら話す。
明かりはついておらず室内は薄暗いが一面の窓から入る月が明かりがわりになった。

「予定外な事だから確認をしているんだよ、小夜。君は僕を殺さないかぎり離れることはできない」

振り返り後ろ手に机に寄りかかる。

「そんなことをするなら浮島で父様と逃げている」
「そうだね。でも君は僕に憎悪を抱いていたはずだから逃げる前に僕を殺したいかなとも思ったんだ」

小夜は僕を見つめたまま何も言わない。小夜は人を殺せない。だけど離れても僕を追いかけてくるように仕向けた。呪いのようなものもその憎悪があれば僕を殺せるかもしれない。

「私はお前の元にいるとすでに伝えた。話すならそれを前提にして話せ」
「余計な話はしないってことかな」

机についた手を離しそのまま軽く腰掛ける。

「小夜が言った浮島のような生活はこちらでもできる。学園に通うだけ。小夜は容姿が変わらないから場所を変えてもらうようになるけれど」

七原が関わっている学園はいくつもあり、関わりのある事業からの繋がりを辿れば数がわからないほど。小夜の望む生活は与えられる。それを僕は未だに理解はできないけれど。

「それでいい。私はお前が人に危害をくわえなければいい」
「随分とこだわるね。すでに危害をくわえている場合はどうなるのかな?」
「……過去は変えられない。今この時からだ」

視線を逸らし顔を俯かせると陰って顔が見えなくなる。

「わかったよ。僕は敗者だからね。勝者の小夜に従うよ。他には何かある?」

俯いた顔が上がり、こちらに歩み寄ってくる。
真っ直ぐこちらを見つめる瞳は、あの日記憶が戻った小夜が話にきたあの瞳だった。揺るぎなく強い瞳。でもそこに僕への感情があるのかはわからない。

「通常の……人の生活をする時は浮島のように記憶を消してほしい」
「……小夜には違いないけれど、君が実際に通うという感覚はなくなるよ?」

記憶を上書きした期間も小夜にはその間の記憶は残る。でも体験したのは記憶のない小夜であり、小夜はそれを見ているような感覚になるだろう。
それを自ら望むのも意外で確認のために問いかけた。

「構わない」

言い切る小夜にそれ以上何かは言わない。
目の前まで近づいてきた小夜は僕を見上げ、口を開いた。

「古きものが現れた時は私も連れていけ」


小夜がいなくなった室内で先程の会話を思い返していた。
机にあるモニターにはとりあえず小夜を案内した部屋が映っている。
小夜を学園に通わせられるまでにはもう少し時間がかかるだろう。蔵人にも話をしなければいけない。僕の目的は小夜ただ一人なのだと悟られないように。
でも予想外の結末に先が見えずにいた。小夜はそばにいる。その先をどうするのか、どうしたいのか。

「……小夜」

モニターにはベッドに身体を横たえて眠る小夜が映っている。
今は見つめることしかできなかった。



H25.1.24