計画


塔に滞在して数日。ここを訪れた日から文人とは会っていない。
準備が終わるまで待つよう言われていた。
用意された部屋は何の仕掛けもなく鍵もかけられていない。ただ窓から見える景色を眺めている日々を過ごしていた。海と空と高い建物が遠くに並ぶのが見える。あちらからはこの高い建物は見えない。

『部屋は施錠したりはしないけれど建物内にはひとがいるからそれだけは気に留めておいて』

つまり私を恐れる対象がいるということを気に止めて行動しろということだろう。好き好んで騒ぎを起こす気はなく部屋に留まっていた。
文人はただ一つ、自分から離れることはできないという条件をあげそれ以外は強制しなかった。

「勝者には褒美を……敗者には罰を」

気づけば何かを繋ぐかのように口にしていた。

「……誰だ」

扉をノックする音が響き窓に向けていた顔を反対の扉に向ける。すぐに返答がなく迷いながら扉に近づいた。

「君が小夜か」

私が扉の前に来たのがわかったかのように開かれるとそこには車椅子に座る男がいた。見た目からだと文人とそう歳は変わらないだろう。

「そうだ」
「俺は蔵人、殯蔵人だ。文人から話は聞いているか?」
「いや……」

聞き覚えのない名に首を横に振ると男は顔をしかめた。

「入っても?」
「……勝手にしろ」

背を向け言い、窓に向かう。すぐに車椅子の電動式なのか機械的な音がし扉の閉まる音がした。

「文人から聞いていることはあるのか」
「準備が終わるまで待てと言われた」
「そうか……」

窓の前に佇むと窓に後ろにいる男が映る。
文人の関係者……呼び方から対等にも思えるが文人からそのような話はされていないためわからず考えるのをやめる。

「俺は文人の従兄弟だ。文人のような力はないが塔の運営に携わっている」

聞かずとも男が文人との関係を口にした。従兄弟ということは血の繋がりがある。ひとの子ならば親がいて当然だが文人からはそういったものを感じにくい。祖父である真人とは昔会ったことはあったが。

「それが何だ」
「知っていてもらう必要があると判断し来ただけだ。塔の研究に君は必要だからな」

捕らえられていた時、文人が実験や研究と口にしていたのを思い出す。
だが私は今そのためにここに来たわけではない。どういう意味か問おうと振り返ったと同時に扉が開いた。

「蔵人、小夜と話す時は僕も一緒にって話をしたよね」
「たまたま来たら、社長の仕事が多忙で今日はいないと聞いたからな。せっかくだから顔を見に来ただけだ」

出入口には文人がいた。口調は穏やかだが言葉の中に焦りを微かに感じる。
私に視線を向けてすぐに逸らし部屋内に入ってくる。

「じゃあ顔見せは済んだろうから日を改めてもらおうかな」
「わかった。またな、小夜」

近づいてきた文人と入れ替わるように車椅子の向きを変え出ていった。
文人は扉が閉まるまで見届けると私に顔を向ける。

「準備は終わったのか」
「まだなんだ」

予想していた言葉に特に言うこともなく背を向けた。

「小夜」

そのまま去るかと思っていたら文人は私の名を呼んだ。

「ついてきてほしいんだ」


文人の後ろについていく。地下に降りると異様な雰囲気の場所に出た。

「これは何だ」
「人体実験だよ」

扉が開かれると赤い光が屋内を満たしていた。赤い液体の中に判断のつきにくい何かがあり、それがいくつもの入れ物に入っており並んでいた。

「僕が実験したものもあるけど大半は前からあるものだ。僕は祖父の実験を元に行っているから」
「七原真人か」

前を歩いていた文人が立ち止まり、私も足を止めた。
過去に七原と関わった事があった。以前私の記憶を消した事があった人物。七原真人、文人の祖父。文人の口振りから七原真人からは私の事は聞かされていないことはわかっていた。

「小夜は長く生きてるからね、面識があっても不思議じゃない」

七原真人はある目的があった。そのためならば鬼になると言っていたことも覚えている。
この人体実験に何の意味があったのかはわからない。だが七原真人はひとの未来を守ろうとしていた。それを考えると目の前の光景に躊躇い視線を逸らした。
今目の前で行われる出来事ならば止めるが、私に過去の出来事を咎める資格もないし咎めるつもりもない。

「……七原真人は亡くなったと聞いた」
「うん、最初のピースは祖父が亡くなったことだからね」

顔を上げ文人を見上げると背を向けていたはずがこちらに顔を向けていた。
表情からは何も読み取れない。七原文人とはそういう男だ。

「祖父は何も残さなかった。突然の死だったから塔の権利や技術は残ってた、いや消せなかったみたいだけれど」

文人の手が伸び横髪を掬う。指先で擦り、毛先まで辿り離した。

「小夜の事は七原には何も残ってなかったよ。ただ国家機密として映像があっただけ。あれも消し忘れたのかな」
「お前は何のために私をここに連れてきた」

問うと文人は苦笑し背を向けゆっくりと屋内にある入れ物を見回しながら語りかけてきた。

「世界が欲しかった」
「世界?」
「でも力や地位があったって何もない。行使してやってることにも飽きてきていたしね」

聞き返しても文人は答えないとわかり黙って聞く。
身体を反転させこちらに向き直ると見慣れた微笑を浮かべた。

「勝者に褒美を、ただそれだけだよ」
「答えになっていない」
「黙っていたら小夜が怒りそうだったからね」

言われて再び入れ物を見遣る。人体実験と言っているからにはひとを使っているのだろう。中に入っているのは古きものに近くそうは見えないが。
もし話されずに何かの拍子に知っていたらと考えるとどうしていたかはわからない。だが文人の言うように怒りは覚えていただろう。
再び文人に顔を向ける。

「こことは別に研究所の施設もあるけれどここ同様頓挫している。結果が芳しくないとかそんな理由でね」
「なぜやめない」
「この計画は僕一人で行ってきたものじゃない。僕と殯家の当主で七原真人が亡くなったのをきっかけに互いの一族を殺して始めたんだよ」

文人の言葉に先程部屋を訪れた男の顔が過る。

「蔵人には小夜と僕の賭けも話していないし僕が計画自体に興味がないことも話していない」
「なぜだ」
「彼が朱食免を宿している。対立すると少々厄介なんだ」

朱食免を手に入れたと話していたのは覚えているがひとに宿らせているとは思わなかった。
文人と共に計画を企てたと言われると先程私の前に現れたのも不思議ではない。そして文人が言おうとしていることもわかる。

「殯の当主を欺けということか」
「そうなるね。蔵人は宿す体だけで力はない。だから安心していいよ」
「……わかった」

頷くと文人から一瞬笑みが消えた。再び微笑を浮かべこちらへと近づいた。



H25.3.15