相違


『古きものが現れた時は私も連れていけ』

東京に到着して話した時の事を思い出す。
鍵のかかっていない扉の前に佇み、しばらくして開けた。

「古きものが現れたよ、小夜」


昼間に東京を出て到着したのは深夜だった。
都心からは外れた林。こちらに戻ってからは唯芳に向かわせていたけれど、別の古きものの対処にあたるために出たあとに別に発見された。
普段なら放っておく。けれど最近こういった事が続いていて気になった。まるでこちらの動きがわかっているように感じた。

「前の刀ではないのか」
「あれがよかった?浮島用に作ったから持ってこなかったけれど」

車から出た小夜と僕に私設兵が近づき小夜に刀を差し出す。
受け取り刀に目を遣りながら小夜は言った。

「……斬れればいい」
「鞘の装飾は変えて次までに用意しておくよ」

あの刀は元々浮島の神社にあったものに装飾を施していた。もしかしたら使いやすかったのかもしれない。
小夜はこちらに目を向け何も言わずに歩き出した。

「文人様、餌にかかりました」
「場所を小夜に教えてあげて」
「餌?」

私設兵が小型の液晶を手に言うと小夜にも聞こえたのか立ち止まり振り返った。

「範囲が広いからね、到着する少し前に私設兵を」
「文人っ」

僕の言葉を遮り一気に距離を詰めた小夜の顔が間近にあった。瞳は微かに赤い色を湛えている。久しぶりに向けられるその色を見つめた。

「そんな事をしなくても古きものは倒せる」

掴まれた胸ぐらに籠められた力が強くなる。同時に瞳も赤く染まっていく。

「どうしてそんな顔をするのかな?小夜にとってひとなんてどうでもいい存在だろう?殺せないというだけで」

手を緩慢に上げて小夜の頬を撫でる。
小夜の瞳からは赤い色は潜まり、胸ぐらから手が離れた。

「場所はどこだ」

小夜はすぐに呆然とする私設兵に問う。

「教えてあげて」

僕の言葉に反応して私設兵が小夜に場所を説明しだす。聞き終えたのか小夜は真っ直ぐ走り出した。


帰りの車内で小夜にひとを囮にする必要はないと言われ、もうしないことを告げた。
結局古きものが現れたタイミングが見計らったかのようだった事はよくわからないまま。この日小夜が東京に出て初めて古きもの討伐に出てからしばらくそういったこともなくなった。


「似合うよ、小夜」

小夜がいる部屋を訪れ学園に通う準備ができたことを知らせた。
制服の確認だと言い小夜が通う十字学園の制服を着用してもらった。
訝しげな表情で自身が纏う制服を見つめる小夜の様子がおかしくも可愛らしく感じる。

「似ている」
「三荊学園の冬服のデザインをそのまま使ってるからね。色は変えてあるけど」

顔を上げて不服そうな眼差しで見つめられる。

「夏服も色は違うよ」
「そんなことは訊いていない」
「聞きたそうにしていたから。それと、はい」

テーブルの上に箱を置く。
小夜が近づいてきて開ける。中には浮島で出したギモーブが入っていた。

「何だこれは」
「ギモーブだよ。もちろん小夜のための」
「頼んでいない」
「うん、でも古きものが現れずにお腹が空いて悲しくなっちゃうとね」

浮島で記憶を上書きした小夜が口にしていたことを言うと小夜が睨んでくる。
笑みで返すとやはり不服そうにしながら視線を逸らした。

「記憶を上書きした君にもギモーブは出すよ。ちゃんと珈琲も出して」

小夜は何も言わずに箱の中のギモーブを見つめていた。沈黙が答えと取っていいのだろう。

「様子を見るために学園に通い出す数日前に記憶を上書きするね」
「わかった」

小夜は頷くと顔を上げて見つめてくる。
何か言いだけにも見えて見つめ返したまましばらく待った。

「……珈琲を」
「珈琲?」

先程の件で何かあるのかと聞き返すと視線を逸らし再びギモーブに向けられていた。
小夜が言おうとした事がわかり笑みが浮かぶ。

「今淹れるね、小夜」

小夜は何も答えなかったけれどこちらに向けられた視線は否定しているものではなかった。



H25.3.18