接触


「更衣さん、ため息」
「えっ!?」

放課後。鞄に教科書や筆記用具を入れ、閉めると横から声がした。
驚いて見上げるとクラスのかたが首を傾げた。

「今日元気ないように見えたけど体調悪い?」
「いえ、体調は大丈夫です」
「ため息吐いてたから……心配事?」

無意識にため息を吐いてしまっていたらしい。心配してくれて声をかけてくれたことが嬉しくもあり、申し訳なかった。

「……会えないと思ったからかもしれません」

顔を正面に向け俯くと自然と言葉が零れた。
数日会えていない人の姿が浮かぶ。お弁当は毎朝用意されていて、家の人から貰っても作ってくれた人には会えない。
帰宅しても今日も会えないのかと考えていた。

「……恋か」
「へ?」

よく聞き取れずに首を傾げると両手を勢いよく取られる。

「更衣さん!このあと時間ある?」


「ありがとうございました!」

頭を下げ、購入してくれたお客さんを見送る。
あの後、カフェの臨時バイトというもので店頭販売の売り子をすることになった。
気晴らしにというのとお金を貰うために。

「いつもいただいてばかりですから何か差し上げたいです!」

両腕で握り拳を作り胸の前に掲げてやる気を出す。でもすぐにその腕は下がった。

「ですが文人さんの欲しいものって何でしょう?」

俯いて並んでいるお菓子を見つめる。
クッキーやマシュマロ、綺麗な色をしたお菓子が並んでいた。

「っ……」

頭が微かに痛み軽くこめかみを押さえた。
カフェには文人さんと来た事がある。でもそれとは違う映像が脳内をちらつく。

「小夜」

手探りで掴みかけた時に名を呼ばれ顔を上げた。
学生服を着用した男性が佇み私を見つめている。

「あ、お買い物ですか?」

お客さんかと慌てて対応すると男性は笑みを浮かべて頷いた。

「マシュマロを貰えるかな。赤に近いやつを一袋」
「はい」

赤いものはなく薄い桃のマシュマロを袋に包んだ。
お代を貰い、品物を渡す。

「ありがとう」
「は、はい。ありがとうございました!」

立ち去る男性の背を見つめる。袋に包んでいる間もずっと視線を感じていた。ただ見ているだけ。そう思うも最後に一瞬だけ瞳が赤く染まったように見えて、赤い瞳が残像のように残り続けた。

「私の名……」

私の名を最初に呼んだ。知っているのにそれ以上は何も言ってこない男性を不審に思うも首を軽く横に振る。
何も関係はない。聞き間違えかもしれない。そう言い聞かせても黒い髪に映えるような赤い瞳が離れなかった。


「小夜様」
「は、はいっ」

帰宅ししばらくして部屋の扉がノックされた。
急いで扉に向かい開くとそこには文人さんの護衛をしている九頭さんがいた。もしかしたら文人さんが帰ってきたのかもしれないと思うもすぐにそうではないとわかる。

「文人様からこちらを預かりました」
「これは?」
「携帯電話です。文人様から本日連絡が入りますのでお出になって下さい」

細長い桃色の光沢が入っている機械を渡される。
電話なのだということはわかっても使い方がわからない。

「……電話の出方を教えていただけますか?」


九頭さんに電話の出方を教えてもらい、ベッドに座り携帯電話を握りしめていた。

「っ!?」

携帯電話から電子音が鳴り響き二つ折の機械を開くと画面に文人さんの名前が表示されていた。

「はい!更衣小夜です!」

教わったボタンを押し耳に宛てると耳元に微かに笑い声が聞こえた。

「出てくれてよかった」
「文人さん!」

文人さんの声が聞こえて安心する。

「今日、バイトをしてたみたいだからこういうの必要かなって思って」
「ご存知だったんですか?」
「ご存知でしたよ、っていってもたまたま部下が見かけたからなんだけど」
「そうでしたか」
「禁止とかはしないけれどやっぱり心配だから連絡してほしいな」
「すみません」

もうやらない方がいいだろうかと考えていると文人さんの声がした。

「いいよ。小夜ちゃんがやりたいなら」
「……はい」
「メール……手紙みたいのを携帯電話から送れるんだけどそれは僕が教えるね」
「メール?」
「なかなか会えない日があるからやりとりしないなと思ったんだけど、駄目かな?」
「いいえ!嬉しいですっ」

勢いがついて立ち上がってしまうと文人さんの笑い声が再びした。姿は想像できてもやはり見えないのは寂しい。

「僕も小夜ちゃんとやりとりできたら嬉しいな。明日は帰れるからその時にね」
「はい!」

二、三言会話して電話を切った。携帯電話の画面にはもう文人さんの名前はない。
声が聞けただけでも嬉しくなる。明日は会えるのだと思いながら携帯電話を静かに閉じた。



H25.4.10