連絡


数日ぶりに小夜と直接会った。
小夜の部屋を訪れ、ベッドに座り真新しい携帯電話を小夜に見せながら操作を説明していった。

「わかったかな?」
「はい、と言いたいのですが……」

隣に座る小夜は携帯電話を凝視し難しそうな表情を見せる。

「電話やメール自体はそんなに難しくはないから。使っていけば慣れていくと思うよ」

小夜の手を取り、携帯電話をのせた。
ピンクの光沢の二つ折りの携帯電話。閉じて握らせる。
小夜の手は小さく、包むように重ねた。
小夜がクラスメイトに誘われ臨時のバイトをしたと報告があった。
こうなると本人にも連絡手段を持たせた方がいいだろうと思い携帯電話を手渡した。
それはただの言い訳なのかもしれない。監視を常につけているのだから小夜本人から連絡は必要ない。

「文人さんとお話しするために頑張って覚えます!」
「うん」

顔を上げ笑顔を見せる小夜に頷く。携帯を握る手に力が込められたのがわかった。

「今日は会えて良かったです」
「予定より早く切り上げられたからね」
「今日は……」

小夜が言いかけて俯く。仕事のことを小夜はあまり聞いてこない。自発的にそうしているのは小夜の本能が日常から逸脱しないようにしているからなのだろうか。

「パーティーに呼ばれて行ったんだ」
「パーティー?」
「うん、仕事関係の。顔を出すぐらいでいいから早く帰ってこれたんだ」
「そうなんですか」
小夜の手から手を離し髪に触れる。
「小夜ちゃんも行ってみる?」
「……?」

突然の問いに小夜は首を傾げる。
指先で頬を撫で、離した。

「来週パーティーがあるんだ。ドレスもきっと似合うよ」
「ドレス……」
「小夜ちゃんがいた方が僕も嬉しいから」
「いいんですか……?」

躊躇いがちに問われ勿論と頷くと小夜は嬉しそうに笑った。


数日後。小夜と約束した日。いつもは憂鬱に感じる雑務や会合も今日は少し違く感じる。
車内から流れる景色を眺めながら時が過ぎるのを待っていた。

「……文人様」
「何、九頭」

運転する九頭の声に顔は窓から動かさずに答える。

「十字学園から連絡が入り、古きもの一体が侵入したそうです」
「結界を破られたの?」
「それは現地の者ではわからないようです」
「そう……小夜は?」

十字学園には結界を張ってある。最近は人が密集している土地に古きものが現れることは滅多にない。僕のように呼び出したりできなければ。けれど万が一を考えて結界を張っていた。小夜に接触してくる何かがあるかもしれないと思っていた。

「侵入した古きものは小夜が始末したと」
「記憶、戻ったんだね」

その現場を見れなかった事と今夜の楽しみがなくなってしまった事を残念に思いながら、変わらない外の景色を眺めた。


会場で一通りの挨拶を済ませ壁際に佇んでいた。手にしたグラスにはワインが注がれていて一口しか口にしていない。
もうそろそろ退出してもいい頃合いかとグラスから顔を上げると塔の者が近づいてきた。

「文人様」
「何?」
「小夜様が到着されました」

一瞬聞き間違いかと疑い、すぐに入口に姿が見え事実だとわかる。
唯芳はまだ帰還していない。なら小夜はまだ記憶の上書きを行っていない状態だ。


案内されてこちらに歩み寄る小夜を見つめ続ける。
用意した服や靴を身に纏っていた。赤い肩出しのドレスに手袋。赤い靴。
目立つ色というのもあるけれど彼女の惹きつけられる何かが周囲を魅了するように会場の視線が集中していた。
わかっていても気にする素振りを見せずに僕の元へと来る。

「文人」

小夜に名を呼ばれ我に返り、手を差し出した。



H25.5.1