何故


廊下は走ってはいけない。走れば人にぶつかってしまうかもしれない。

「迎えのかた来てしまっているでしょうか」

早足で教室に向かう。先生に頼まれてプリントを運んだ。職員室から教室までは建物が違い距離がある。
ちらりと見上げる。この高さなら木を伝えばすぐに教室のある階に着く。
建物を繋ぐ渡り廊下を通るため外に出ると建物には入らず外周に回り込んだ。

「ここならひとけもないはず」

この時間なら残っている人も少ないしここは特別教室のある付近。近場にある木に目星をつける。
鞄を取りそのまま同じルートで飛び降りればいい。
今日は文人さんと約束した日。パーティーというものに行く日だった。

「っ!?」

駆け出そうとした瞬間何かの気配を感じ制止すると轟音が響いた。
何かが空から飛び込み建物を破壊した。何かはわからない。
砂埃が舞い、瓦礫が落ちる音がする。
周りを確認し何かを探す。何も持たない手に違和感を感じる。

「悲鳴……!」

人の悲鳴が聞こえ窓から廊下に入り込む。
そこには得体の知れない大きな物体があった。

「た、たすけて」

か細い女生徒の声が聞こえ物体に向かって駆け出す。
私の足音に気づいたのか身動ぐのがわかるが大きな身体では身動きがし辛く、私が体を土台に飛ぶのは容易かった。

「大丈夫ですか!?」
「あ……」

大きな体の前に降り立ち、悲鳴の主に声をかける。恐怖で震えている。
早くここから離れないと。

「逃げましょう」

屈み手を掴む。しかし立ち上がらせる前に大きな体が動く気配がわかり意識をやると太い腕がこちらに投げつけられようとしているのがわかった。

「っ!?」

半ば立ち上がらせていた身体を突き飛ばす。その瞬間強い衝撃に襲われた。
頭が痛む。身体も痛むのに頭の痛みの方が強い。
早くしないとあの女生徒が食べられてしまうかもしれない。食べる?なぜそう思うのだろう。
早く、早く、身体を。気づけば頭の痛みは引いていた。

「逃げろ!」

身体を起こし脇にあったノコギリを手に教室から駆け出す。
波状になっている部分で斬りつける。だが僅かに傷をつけるだけで衝撃に後退する。

「早く逃げろ。そしてこの学園から人払いするように言え」
「は……」
「早く!」

女生徒は私の声に驚きながらも何とか立ち上がり走っていった。この学園には文人の私設兵が紛れている。様子がおかしい女生徒を見ればわかるだろう。

「何故、ここに来た」

廊下には狭い大きさの古きものがいた。

「いや、何故ここへ入れた」

文人が施した結界の話は聞いている。元より人が密集する場に古きものが現れるのは少なくなっていた。なのに現れた。

「話せないのか」

話せないのか元々言葉を介さないものなのか。
動かずにこちらの様子を窺うような古きもの。ノコギリをその場に放り他に何かないか先程とは違う教室に駆け込む。
その瞬間を見計らったように古きものの腕が教室の壁を壊し侵入した。

「くっ……」

刀はない。叩きつけられる腕を避けながら見回し包丁を両手で取る。
再び叩きつけてくる腕を片手で斬り、更に片手で斬ると血飛沫をあげて床に転がる。
駆け出し頭頂部に向かい跳び額から後ろにかけて斬り込む。更に下腹部を斬り込むが血が滴るだけで倒れない。

「ナゼ」

くぐもった声が響く。発するのかと思えばナゼと繰り返すだけで残っていたもう片方の腕を叩きつけられ先程と同じように斬る。

「私に何を問いたい」

再び頭頂部に跳び中心に包丁を突き立てる。呻きながら暴れるが振り落とされはしない。

「ナゼ」

ナゼと繰り返すだけ。深く深く包丁を突き立て血飛沫を上げていく。口に微かに入り込んだ。

「はっ!」

再び突き立てすぐに跳び床に降り立つ。
大きな赤い飛沫を上げながらやがて身体は動かなくなった。

「何故……」

もう一度古きものを見つめ教室を出た。
辺りは壁が壊され酷い有り様になっていた。私の身体を見てみても制服が真っ赤に染まり、腕や足にも血がついていた。これでは顔や髪も酷いだろう。

「小夜様」

このまま出るわけにはいかない。人目を避けつつ屋敷に帰るしかないかと考えていると呼び掛けられた。

「文人の使いか」
「お迎えに上がりました」

黒いスーツにサングラス姿の男がそこにはいた。塔の者だ。

「古きもの、ですか?」
「そうだ。文人に連絡しろ」
「既に連絡はいっているかと思います。この学園の監視カメラは塔の管理ですから」
「そうか」
「裏に車を回しました。そちらからでれば誰にも見つからないかと」
「わかった。……古きものはもういないのか」
「監視カメラでは確認できていません。すぐに唯芳様が到着されます」

だから離れても大丈夫だと言いたいのだろう。
私はその場を後にした。


今日は文人と約束をしていた。約束をしたのは普段生活をしている私だが。
私の姿に把握している使用人も驚いていたが私が行くと告げた事にも驚いていた。

「何だ」
「何故、会場に向かおうと思った」

会場に向かうため車まで案内されると九頭が待っていた。
何か言いたげな眼差しに問う。すると逆に問われた。先程の古きもののうわ言のように繰り返された事を思い出す。

「文人とは約束をしていた、だからだ」
私の答えに九頭は何故か笑う。
「文人様は来ないと確信しておられる」

だから行かなくても問題ないとでも言いたいのか。
ドアを開ける気がないのがわかり自分で開け、後部座席に乗り込み閉める。

「刀?」

後部座席には刀が置かれていた。
運転席に九頭が乗り込む。

「今日の一件があったから用心に持っていくだけだ。万が一があれば俺が持っていく」
「会場に私が待っていく」
「そのドレスで刀を持って入れるとでも思っているのか」

自身の格好を見ると血はついていないのに赤い姿だった。文人が用意した赤い色のドレス。
私が返答せずとも車は動き出し、文人が待つ会場へ向かった。



H25.5.27