戦闘


会場の隅に佇む小夜の元に戻り皿を差し出すと無言で見上げられた。

「甘味だよ」

浮島で小夜に作ったケーキよりも小さなケーキが乗った皿を小夜は受け取った。
フォークも差し出すと受け取る。本当は僕が作るもの以外は食べさせたくはなくもあったけれどこういう場に来てもらったからにはもてなすものだろう。どこかでまた来てほしくもあるのかもしれない。

「やっぱり小夜に似合うね」

ドレス姿の小夜を改めて見つめながら呟く。
ケーキの味を訊く気はなかった。一口含みこちらに視線を向けるもすぐに俯く。
学園での事も今この場で訊くつもりもなかったし、小夜も言うつもりはないようだった。ならばなぜ来たのかとふと疑問が浮かぶ。
約束は確かにした。けれどそれは記憶を上書きした小夜だ。小夜にかわりはなくとも言動に差異はある。今日の事でいうと、小夜は誘っても来ないだろう。だから記憶が戻ったと聞いて来ないと思った。
小夜を見つめながら思案に耽っていると突然照明が落ちた。
同時に微かな違和感と気配を感じる。

「結界……」
「結界?」

僕の呟きに小夜が問いかける。でもすぐに振り返り身構えた。

「人を会場から出せ」

会場内に待機している塔の者に目配せをすると会場内に聞こえるよう出入口へ誘導を始めた。
小夜は身構えながら辺りを見回し何かを探しているようだった。

「刀は車の中だね」

刀の代わりになるものを探しているのだろう。
衣服に仕舞いこんでいた通信機器を耳に入れるもノイズばかりで応答しなかった。建物内に結界が張られているようで外から九頭が刀を持ってこれるかは賭けに近かった。

「武器の類いが会場内にあったら来賓が安心できないからね」

そう言うと睨まれてしまう。小夜もわかっているのだろう。でも探してしまう。
上着の内に手を差し入れて一枚の札を取り出した。指の間に挟み小さく呟いて離すと数枚の札が現れ次第にある形を作っている。

「刀?」

横で見ていた小夜が呟く。札が作った抜き身の刀の柄を掴み小夜に差し出す。

「古きもの相手だと数回しかもたないと思うけどないよりはいいかなと思って」

小夜は何も言わずに受け取り一歩前に出て周囲を見回した。
この事態は想定しておらず、今後手立てを考えなくてはならない。今後という考えに自然と嘲笑していた。

「文人、お前もここから出ろ」

小夜の言葉に会場を見渡して塔の者に下がるよう指示する。
僕はそのまま残った。

「文人」
「自分の身ぐらい守れるよ。一応七原の術があるしね」

視線だけこちらに向ける小夜に答えると小夜は視線を前に戻した。
今日学園で起こった事もある。前にも不自然な出来事もあり、このタイミングだ。狙いは小夜だとわかる。なら離れるわけにはいかなかった。
まるで小夜が戦う場を作るかのような状況。これでここには小夜と僕しかいない。それを待っていたかのように硝子が割れる音が響いた。
既に暗闇に目はなれていてすぐに入り込んだのが異形のもの、古きものであることがわかる。人の形に近く僕より一回り大きいくらいの大きさだろう。


小夜が駆け出し一振りで赤い飛沫を上げ倒れる。数体いる古きものに躊躇わず向かっていく。
古きものは小夜にだけ向かっていき僕は万が一攻撃されてもいいように防護壁を張りながら周囲を確認する。
操るものがそばにいなくてもいい。だから古きものを操るものがいるとは限らないけれど九頭がすぐにこれないとなるとそれなりの結界になる。それだけの結界を張るなら近くにいなくては駄目だろう。

「くっ」

小夜の声と共に金属音が響いた。視線を向けると小夜が飛びすさり距離を取った。
古きものが見逃すはずがなく向かってくる。刀を振るも金属音を響かせ弾かれる。自分に向かってくる古きものを散らせようと蹴り飛ばしていく。

「刀にだけ……僕の術にだけ張られているのか」

まるで対抗するかのような行為に札を取り出し呟いて宙に浮かせる。
今小夜が使っている刀は術で作り出したもの。それを見ていたということだ。
金属音が止んだかわりに小夜の声が上がる。刀の限界を感じているのだろう。残りは四体。その四体は小夜に群がるように集中している。
宙に浮く札に呪を唱えながらもう一枚鏡型の呪符を取り出す。
小夜がこちらに気づいてるかはわからない。タイミングは一瞬。それを小夜が見極めるかは賭け。でもそんなもの賭けでも何でもなかった。確信めいたなにかがあり鏡を放る。鏡が割れたと同時に古きもの達の上空一点に集中して札を宙で切った。


閃光が会場内に満たし爆発音がした。
閃光がおさまると古きものが飛沫を上げながら全て倒れる。
小夜が持つ刀はなくなり小夜の足元には札が散っていた。

「文人様!」
「……聞こえているよ、九頭」

耳につけたままだった通信機器から九頭の声がした。

「終わったから帰る準備をしておいて」

返答は聞かずに通信を切る。こちらに歩いてくる小夜は傷を負いドレスも破れて髪も乱れていたが小夜は気にすることなく歩いていく。

「靴、脱いだんだね」
「戦いにくい」
「そうだね」

僕を横切り歩いていく小夜に着ていた上着をかけた。
足を止めずに見上げられるが何も言わずに前を向く。

「……結界を張らなくても私は平気だった」

古きもの達の上空で爆発される前に小夜に防護壁を張った。鏡の符はそのためのもの。
小夜の体はどんなに負傷しても再生する。それは僕も試した事だからわかっている。だから小夜にとっては不思議に思えたのかもしれない。

「その方が小夜がすぐに攻撃できるからね」
「そうか……」

僕の言葉に納得したのかはわからない。それ以上追及してくることはないようだった。
僕自身自然とやっていた事だっただけに答えようもない。

「綺麗だね、小夜」

隣を歩く小夜を見つめ、漏れた言葉。睨まれすぐに視線を逸らされてしまった。



H25.8.4