移動


ビル内の廊下を文人の背を追うように歩いていく。その先には九頭がいた。
文人が少しだけ振り向き速度を緩める。私の歩く速度は変わらず隣を歩く形になる。

「会談は億劫なんだけど今日は面白かったかな」
「文人様」

笑みを浮かべながら話す文人に呼び掛ける九頭。会談というものを行った建物からまだ移動していない。誰に聞かれたものではないからだろう。あの場にいるだけで文人の立場はわかった。知ってはいたが実際にその場に来て把握できるものもある。
一部の者は古きものについて知っている。私の存在も知ってはいる。私が把握するように私を知る必要があり、ひとに敵対はしていないと知らせる必要があり七原に従っているともわからせる必要があると言われ訪れた。
疑うことはしない。それをしてしまえば私が今文人と共にいることすら疑わねばならない。

『人の世は権力や強い力を見せつけないと物事を進められないこともあるんだ』

私を連れてくる際に文人が言っていた。長年生きてきてわかる部分もある。なぜ力に固執するのかも欲するのかも理解できないが昔それは持っているからだと返された。相手の顔は覚えていないしどんな状況かも覚えてはいないけれど。私にも思いあたるものがあり理解した。ないものを欲するのは本能だ。

「サムライガールと言われるとは思わなかったけどあながち的外れでもないのかな」
「私は侍ではない」
「外人さんは忍者が日本に現在も生息してるって思ってる人もいるらしいけど九頭本当?」
「存じ上げません……」

九頭にわざと問いかけてるのがわかり九頭も返答に困っているようだが嫌悪が感じられないあたりは日常会話なのかもしれない。

「文人様、ヘリの出発準備をして参りますので先に向かいます」
「わかった」

忍者は身が軽く移動に長けていたがまさしくその通りに九頭の姿はなくなった。文人は逃げたかなとからかうように呟く。

「小夜は綺麗だよね」

文人を見上げると文人は先を見つめたまま、でもどこか遠くを見る瞳で言った。

「あの場にいた九頭以外がみんな君を瞳に焼き付けようとしていた」
「お前の気のせいだ」
「あの中の何人が君を手に入れようとしてくるかな。僕みたいに」

やっとこちらに視線を向ける。でも顔に笑みはない。

「塔に歯向かう覚悟があるほど馬鹿な人達ではないだろうけどね」

文人が言い終えると屋上への階段に差し掛かった。文人が先に上がり始め、私があとに続く。

「小夜はどちらだと思う?」
「文人と私、どちらを狙ったのかということか」

話が変えられたようで完全には変わっていない。少なくとも今日集まった人間の中には先日古きものを仕掛けてきた人物はいないということだろう。塔というものがわかっている。私を目の前にしての反応も見たのだろう。

「……両方だろう」
「そうだろうね。でも僕は正確には七原を狙ってきたんだと思うよ」
「狙われやすい家系なのか」
「恨まれやすい家系ではあるね。関係筋はもういないはずだけど何事にも完全はないから」

階段を上がっていく音が響きやがて屋上への扉の前までくる。

「小夜を欲しいんだろうね。僕の術を封じるすべを使ってきてるなら相手は僕を殺す気だ」

今までと変わらない声音で話す文人に違和感はなかった。

「小夜が僕を見捨てれば相手はさぞ喜んだろうね」
「私は何ができる」
「できるだけ先手を打たれないよう少しの情報でも教えてほしい。小夜が学園で過ごしてから一度こちらから小夜が探知できなくなったことがあるんだ」
「なぜ言わなかった」
「日常は監視しているわけじゃないからね」

珍しく少し困ったような表情をする。学園に通うようになって短いとはいえすぐに思い出せるかどうか考え出して気になっていたことがあるのを思い出した。

「知らない相手に名を呼ばれたことがある」
「……小夜には黙っていたけど浮島で優花くん以外に一人だけ記憶を消していないキャストがいるんだ」

初めて聞く話に驚くがあの時の人物を思い浮かべても浮島でも会ったことがない人物だとわかる。

「違う」
「文人様、用意ができました」

答えたと同時に扉が開きライトの目映い光が射す。一瞬目が眩み片手で目を遮るともう片方の手が引かれた。

「行こうか、小夜」

まだ視界は眩んでいたが手を引かれ歩き出した。



H26.1.24