混迷
「こまめにメールしてほしいんだ」
「こまめにですか?」
夜、文人さんの私室へ行くとそう言われた。
「小夜ちゃんが携帯に早く慣れるように」
「そうですね!ではこまめにメールをします」
使い方を教えてもらったものの最初よりは速くはなってもやはり時間がかかってしまう。手紙ならすぐに書けるのにと思ってしまうけれど送ることは一瞬でなんてできない。
「一瞬で送れるように頑張ります!」
意気込んだ翌日から今まで鞄に入れていた携帯を上着のポケットに入れるようにした。
学園に到着した時も昼食時もメールを送る。帰宅時間となり帰宅する旨を送り教室を出ていこうとすると見知った姿が出入口を横切るのが見えて追いかけた。
「真奈さん!」
「小夜さん」
「校門までご一緒していいですか?」
「うん」
昼食をよく一緒に過ごす真奈さん。昼食以外にこうして会うのはあまりなかった。放課後は病院へ父親の見舞いに行くことが多いと聞いていたのを思い出す。
「呼び止めてすみません」
「え?あ、追いかけてくれたんだよね?嬉しかったから気にしないで」
察してくれたのか真奈さんは微笑んでくれる。私に身内はいないけれど真奈さんが父親を慕っているのはわかるし大切なのも感じられた。だから早く向かいたいだろう。
「良かった、会えて」
校門が見えてきて出る瞬間声がして足を止める。
「逸樹くん?」
真奈さんの知り合いのようで声をかけてきた男性に話しかける。
「どうしたの?」
「来週からこの学園に通うことになったから挨拶でもと思って。今日は手続きをしに来たんだ」
「そうなんだ。連絡してくれたら良かったのに」
「連絡したんだけどタイミングが悪かったみたいで」
真奈さんが携帯を取り出して慌て出す。
「充電切れてたね、ごめんなさい」
「気にしないで、会えて良かった。今日病院だよね?」
「うん……」
「あ、あの学園に用事があるんですよね?」
真奈さんが困っているようで男性が切り出す前に申し出てみる。
「私で良かったら学園をご案内します」
「ごめんね、突然頼んで」
「いえお気になさらないでください。もうすぐで職員室です」
真奈さんは何度も私達に謝り駆けて行った。男性は知っていたようで謝らないでと言っていた。
「お待ちしてます」
「ありがとう」
職員室前まで来て男性の用事が終わるまで待つことにする。その間今の状況をメールすることにした。
校門前で真奈さんと話していた時男性が私に視線を向けた。何もおかしなことはない。でもその視線が気になった。その時から頭痛がするのもあるのかもしれない。
「これで大丈夫でしょうか」
これから学園に通うことになる男性を案内しているという内容の文面を送らずに見つめる。
「頭が、痛いです……」
最後に付け加えて送信する。心配させてしまうかもしれない。でも送らなければいけない気がした。
「返信?」
文人さんはお仕事をしていてすぐに返信がくることは少ない。すぐにメールを読む。
『お札を額に宛てて』
「お札……」
携帯を持ったまま胸ポケットに折り畳み入れていたお札を取り出し開いていく。お守りだと渡されたお札。目を閉じて文人さんからのメールを表示したままお札と一緒に額に宛てた。
頭の痛みが引いていく。閉じた目を開くと文人の札が散っていき手には携帯だけ残った。戻ったとだけ打ち文人に送ると携帯を上着にしまい鞘総逸樹が出てくるのを待つ。
最近の状況への対応策としてすぐに戻れるようにしていた。
「お待たせ」
「話がある」
鞘総逸樹が出てくるなり言うと私の態度の違いに驚きながらも微笑む。
「どこか空き教室でも探そう」
言われた通り誰もいない教室まで来る。
「君は小夜だね」
「記憶を消されなかったキャストの一人か」
文人は網埜優花以外にもう一人記憶を消していないキャストがいると話していた。私が会った男は浮島で出会った人物の中にはいなかったために追及はしていなかった。
「そうだよ。他のいわゆるエキストラはどういう対処をされたかはわからないけれど僕らは浮島で過ごした名で生きることを条件に生かされた」
「文人から全員生かして帰したと聞いている」
「僕と網埜優花役の彼女以外は全ての記憶を消されて帰されたよ」
生かして帰したとだけ聞いてやはり追及はしていなかった。鞘総逸樹の言葉から浮島だけのことではなく全てを消されたように取れる。
「お前はなぜ記憶を消されなかった」
「塔に入ることを条件にされたんだよ。僕は真実を知りたかった。そして小夜、君は七原文人の元にいることを選んだ」
「だから何だ」
「あの状況で君が七原文人の元に行くならそれなりの理由があると思ったんだ。それが知りたかった」
私が文人の元にいる理由?人を脅かす文人を止めるために私は文人の元にいる。
「教えてもらえるとは思ってないよ。七原文人にも聞いてみたけどただ自分は敗者だからとしか答えてもらえなかった」
答える気がなくて黙っているわけではない。説明したところで疑問しかないだろう。人ではない私が人を守りたいと思うことを受け入れたものは今までででも少ない。だから口にはしなかった。
「……塔に入ることを拒み真実を追い求めれば記憶を消される。真奈のお父さんもそうだよ」
なぜここで真奈の名前が出るのか。無関係のはずだ。生きていればいい。なのに真奈が父親を語る顔が過り憤りを感じる。
「以前は失踪扱いになっていた人もいたのに今はいない。七原文人はそこまでして何がしたいのかな」
それは私に向けてではなく独り言のようなものだった。
今の時間ならばセブンスヘブンの建物にいるはず。鞘総逸樹と別れ早足で校門に向かうと車が目の前に止まった。
中から九頭が現れる。
「文人のところへ連れていけ」
「お帰り、小夜」
セブンスヘブンの建物内。最上階にある文人の私室に入ると出迎えられた。
「彼と会ったんだね。話は聞いたと思うけど僕の指示で学園に入ってもらったんだ」
「なぜ記憶を全て消す必要がある」
どこまで私と鞘総逸樹の会話を聞いていたのか、聞いていなかったのかはわからない。それでも何を指していることはわかるだろう。
「どこから漏れるかわからないからね。優花くんと逸樹くんは了承して塔に入ったからそのままだけど」
「一部を消すだけでいいだろう」
椅子に座る文人は肘をついて机を挟んで佇む私に笑む。
「そうしたらまた同じことの繰り返しだよ。そこから怪しまれてしまう」
人の人生は私に比べたら刹那。それまでの全てを消されればどうなるか。周りの人間も悲しむ。
「小夜のためだよ」
予想していない言葉が聞こえ手を伸ばされるのを呆然と見つめた。
「小夜が勝者になり、僕が敗者になった瞬間からそれだけしか考えていない。小夜が望んだもののためだよ」
伸ばされた手は触れることなく元の位置に戻る。
『七原文人はそこまでして何がしたいのかな』
先程の鞘総逸樹の言葉が過る。全ては私のため。真奈の父親が全ての記憶を消されたのも私のせい。
「……しばらくこのままでいる」
それだけ告げて私室から出た。私が記憶を消すのは積み重ねてきたものの辛さを忘れるため。それ以上に人と共にいたい、人のどんな面や感情を知ろうと共にいたいからだった。なのに私が人を犠牲にして共にいる。
「私は……」
取るべき行動はわかっているはずなのにそれができずに唇を噛んだ。
H26.7.28