遭遇


目が覚めて見慣れたはずの天井を見つめる。しばらくそうして夢ではないのを認識して体を起こす。
今の生活になって毎朝起床する度繰り返すこと。その確認が現状を手離しがたいことだと思っている証拠だった。
カーテンを開き部屋に陽が差し込む。視線を落とし窓に背を向け身仕度をすませ学園へ向かった。


「そういえば小夜は学業は問題ないの?」

移動教室に向かう途中逸樹が話しかけてきた。逸樹がやってきて数日、何事もない日が続いている。

「浮島での私を知っているだろう」
「一生懸命学んでたけど……知識も共有しているということ?」
「正確には記憶のない私には“私”の知識の一部がある。生活する上で必要のない知識があれば記憶が戻りやすくなる。文人が自己防衛に近いと言っていた。どうした」
「いや、こんなに話してる姿見るの初めてだから感動してる、のかな」
「なんだそれは」

逸樹を含めたメインキャストには浮島での実験前日に文人が神社に連れてきたのをぼんやりと覚えている。

「やっぱり君は小夜なんだね」

今の会話からなぜそれに行き着くのかわからなかったが問いかけはしなかった。

「つまり問題ないのか」
「数式や化学等はここへ来る前に文人に教えられた。ひとの一般的な学生の知識はある」

今まで触れることがなかった知識。全くではないものの外見年齢に合う程度の知識はなくてはならなかった。
疑問に答えたつもりがなぜか逸樹は驚いていた。

「君から七原文人の名が出るのは不思議な感じがするね」
「浮島でも出していただろう」
「それとこれとは違うというか……」

やはりよくわからなかったが目的の教室へ着き会話はそこで終わった。


「小夜、今日はねクッキー作ってみたんだ」

いつものように屋上で真奈と昼食をとっていた。真奈が蓋を開けると様々な形のクッキーが入っていた。

「良かったら食べて」

言われて一つ手にし一口食べるとほんのりとした甘みが広がった。

「味、どう?」

恐る恐る問われ残りを口にし飲み込む。

「美味しい」

そう答えると真奈は笑顔になった。
記憶を消去せずに過ごすようになって数日。真奈は最初は戸惑ったようだが今は普通に接していた。呼び捨てでいいと言いさん付けではなくなっている。齟齬が出ないよう次に記憶を消去する場合は文人に真奈の呼び方を伝えておかなければと考え次はいつなのだろうと、また消すつもりでいる自分に嫌気がさす。

「小夜?」

今の私はひとの平和を踏みにじり犠牲にして生活している。真奈の父親が記憶喪失なのも私のせいだ。それでも忘れてひとと共に生きたいと思うのは傲慢だ。幾度考えたことでわかっていても私はひとから離れたくはない。

「小夜、今日時間ある?」

真奈は私が黙り混んだ理由を聞かずにそう問いかけた。


放課後、真奈に連れられてきた場所はサーラットという集団が管理する建物だった。
文人に聞いたことがあったが真奈が関わっているとは思わなかった。

「今日は誰もいないのかな?」

メンバーに渡されているらしい鍵で中へ入る。広い屋敷で離れもあるようだった。

「前は塔に関して積極的に調べていたんだけど今はそこまでじゃないの。メンバーも減ったし残ってるのは相変わらず謎な七原文人について知りたい人だけかな」

部屋に入ると機械が並んでいた。

「真奈もか?」
「私は……お父さんの記憶を戻す方法がないか探してる」

液晶画面の下にあるキーボードを真奈は微かにいじる。すると画面に見慣れた建物が映った。セブンスヘブン。七原が経営している会社。

「でもね!戻らなくてもお父さんはお父さんだからいいの。何もできないのかなって考えたらサーラットから離れられなくて」
「真奈が決めたことだ」

同意できたかはわからないがそう言うと真奈は笑んだ。

「でも危険な時は引いたほうがいい。な……セブンスヘブンはよくわからない」

深入りすれば記憶の処理をされかねない。だが止めることもしたくはなかった。

「ありがとう」
「あれ?真奈来てたんだね」
「鞆総くん」

聞きなれた声に振り向くと逸樹が佇んでいた。


真奈は病院だからと先に去り、建物前まで逸樹が見送りに来ていた。

「住んでいるところを言ってなかったね」
「文人の指示か」

肯定するように苦笑を浮かべる。

「迎えは呼ばないの?」
「……」

外出先に制限はないができるだけ一人で行動はしないほうがいいと言われていた。渡された機器で連絡をすれば迎えはすぐにくる。

「……寄るところがある」

逸樹にそう告げサーラットの建物をあとにした。


逢魔ヶ時。昔は彼世と繋がりやすくなっていたが今は自然に繋がることはあまりない。場所などにもよるだろうが少なくとも都会と呼ばれる場所ではありえない。
狙いは私だ。私を狙われたことでひとに被害を与えるのを阻止しなければいけない。だからあえて一人になりない人が少ない方へ歩いていく。
真奈と話して私は今何かしているのかと考えた。今の私にできること。

「っ……!」

気配を感じ跳躍すると人影が見えた。黒衣に包んでいても古きものではないのはわかる。
着地する前に衣服の中に入れていた鏡を取り出し空へ高く投げた。
私と黒衣の者がいる場所には薄い膜が張られる。これで相手の攻撃を多少は内に留め外からも姿を隠せる。

「……七原の結界か。小賢しい」

着地すると相手の顔は白い面に覆われていた。くぐもっていたが声や体格から女だとわかる。武器は刀。

「なぜ私を狙う」
「主の意志だ。お前を、捕らえるっ」

強く地を蹴りこちらへ向かってくる。急所を狙えないのか刀を振られようが避けら距離をとり懐から札を出す。自分の刀を思い浮かべ札に手をあて柄を探り掴み勢いよく引くと札は散った。

「マジシャンのようだな。だが仮初の刀で私の相手をするのか」

黒衣の者は距離を詰め刀を振りかぶる。軽く受け流すと気づいたのか跳躍し距離をとった。

「……本物か」
「お前は何者だ」
「貴様等に名乗る名はない!」

手をかざしたかと思えば鋭い風が頬と髪を軽く切り裂いた。次の攻撃は受けずに避けていくが近づくことはできない。

「くっ」

避け続けていては文人の結界ももたない。すると今まで手をかざしてのが再び刀を構えその場で振る動作をした。予想はでき大きくは避けたが風刃は結界を破った。次の攻撃は受けるしかない。同じ場所へ攻撃しようとするのを見て駆ける。刀で受けられるかはわからないが体でなら受けられる。衝撃に備えた瞬間目の前に誰かが立ちはだかった。

「とうさま?」

それは少し久しぶりに姿を見る唯芳だった。

「小夜、大丈夫か?」

こちらに目をやる父様に頷くと結界消失し後方から黒衣の者へ何かが放たれた。刀を振り、金属音が鳴り響き落ちた。

「七原の傀儡……」

黒衣の者はそう呟き高く跳ぶ。

「待て!」
「小夜」

追おうとする私を父様が止め人影が黒衣の者を追って行った。

「更衣小夜、無謀な行為はやめてもらおう」

振り向くと戦闘時の衣類に身を包んだ九頭がいた。

「あとを追えれば進展する」
「……口出しするな。この先に車を待たせてある。それに乗れ」

父様に返すと九頭は行ってしまった。

「父様……」

父様の手が頭に乗せられ撫でられる。

「心配した」
「……すまない」
「無事で良かった。帰ろう」

頭から手が離れ父様は私が歩き出すまで待っていてくれた。私が歩き出すと少し後ろから離れないようついてくる。
車へ向かいながら先程のことを思い返すがやはりわからないことばかりだった。



H27.6.23