急く
小夜は学園には行かずにセブンスヘブンまでやってきた。
小夜の事は一部の者は知っていても全員が知るわけではなく通用口で引き留められ九頭が気づき中へ通した。
「武器?」
執務室までやってきた小夜は開口一番に武器の話をしだした。
「前の符で作った刀じゃ駄目ってことかな?」
「あれでは耐えきれない。普段使っている刀を隠せないのか」
僕がいるならまだしもいない場で符による刀では保っても数撃。かといって普段から刀を隠さず持っての登校はできない。
「単純に隠せはするけれど欺くだけだからそういうことではないんだよね」
立ち上がり符を胸元から取り出した。
「できるのか」
小夜に手を差し出すと察したように刀を渡した。気分は手品師だ。
考えずとも自然と口は動き符を上へ投げる。符は引き寄せられるように舞い落ちてくる。鞘に収まったままの刀の先端を掲げると呑み込んでいき全てを呑み込むと散った。
「こういうことだよね」
両手を広げて刀を持っていないことを示す。
「取り出すにはどうしたらいい」
小夜は然程驚いた様子はなかった。
「刀は狭間にある。だからそこから取り出せばいい」
符を再び胸元から取り出し小夜に渡す。小夜は符と僕を交互に見つめた。僕が何も言わずに様子を見ていると掌を符にあてた。
しばらくそうしているうちに小夜の眉間に皺が寄る。
「僕のあげた符を見つめて眉間に皺を寄せる小夜も綺麗だね」
「文人」
「意地悪はしてないよ」
小夜は睨むも取り出すのを諦めようとしなかった。この場でなら僕が力を貸せば取り出せるだろう。でもそれでは小夜が一人の時に襲撃にあえば応戦ができない。小夜が僕の符から取り出せるかは半々だった。
「僕が置いたと認識しながら狭間にある刀を思い浮かべるといいよ」
そう言うと眉間の皺はなくなり小夜はゆっくりと目を閉じた。やがて符から柄が現れ目を開け掴み一気に引き抜くと符は散った。
「要領は得た。文人?」
「え?あ、そうだね」
刀を確認する小夜に反応が遅れる。
「取り出せたね、小夜」
この方法が無理なら別の方法をと考えていただけに驚いていた。僕の力を小夜が信頼したのだろうか。小夜だからできたのだろうか。確認する術はない。
数日後、パーティー会場での挨拶回りを終え壁際に佇んでいた。隣には黒地に赤の入ったドレスを着用した小夜が取り皿に盛った料理を食べていた。反対隣には九頭が控えている。
「小夜はよく食べるよね」
浮島の時に食べる量が多いことに最初は驚いた。何でも食べはするが好みもある。摂取しなくても構わない。でも食べること自体は嫌いではないようだった。
「見たことのない食べ物が多い」
「色んな国の人がいるからね。日本食は少ないみたいだ」
食べながら正面で行われている催しに目を向けていた小夜が視線をこちらに向けた。
「怪しい奴はいるのか」
「怪しそうな人が怪しいとは限らないから何とも、ね」
咀嚼しながら凝視されなぜか頷かれた。
「僕は怪しくない?」
小夜は答えずに正面に視線を戻した。自分では胡散臭いような気もするけれどそうではないのだろうか。
「文人様」
「何?」
九頭に呼ばれ話を聞くとどうやら小夜と話している最中に声を掛けられていたらしい。
「小夜に演目ね。九頭やる?」
正面で行われている催しに参加させろということだったらしいが小夜に言う必要もなく九頭に行かせることにする。
「文人」
「小夜?」
皿を差し出され思わず受けとると小夜は正面に歩いて行ってしまった。
脇に控えていた者とニ、三言交わすと一度姿を消し刀を持って戻ってきた。小夜が異形の者だと知る場。今は七原についている事をわからせるためにこういった場所にはたまに小夜を連れてこなければいけなかった。小夜は特に拒否もせず黙ってついてくる。
見目の美しさから物珍しく見られる事も、近寄ってくる者も少なくはない。今も物珍しさから演舞を促したのだろう。ドレスに日本刀はミスマッチに見えても小夜が携えれば絵になる。
「様子を見て九頭が入って」
「畏まりました」
中央に立ち小夜が刀を掲げると場内は静まり返る。張りつめた空気の中、小夜が刀を抜いた。
ヒールであることも構わず舞う。髪は今日は全て上げられていていつもの二つ結びなら靡いて映えただろう。
符を取り出し小夜の頭上に向けて飛ばす。その場で指で小さく空を切ると符は数枚の木の葉になり小夜は横に一閃した。切られた木の葉は赤い花弁になり舞い落ちる。小夜は地に落ちた鞘を手にし刀を収めると拍手が起こった。
刀を係の者に渡すと小夜は戻ってきた。
「演舞もできたんだね」
小夜から渡された皿があり拍手はできない。小夜は皿を受け取り壁に背を向けた。
「昔人がやっているのを見た」
小夜の過去の詳細は知らない。長い時を生きてきているのだろうということだけ。
「でも何も言わずに行くから驚いたよ」
「この方がわかりやすいのだろう?」
異形の者は七原についているのだとわからせるために連れてきているのを小夜はよく理解していて苦笑する。再び小夜が皿の物を口に運び始めた。
「美味しい?」
僕の問いに視線を向けると皿の物をフォークで指し口元に寄せてきた。そのままそれを口にした。
小夜が進んで何かをすることはなかった。傍観していることが多い。それは彼女が長年生きてきた処世術にも近いし性格なのかもしれない。
けれど自分から進んで何かをするようになり、あの日パーティー会場でもあえて食べ物を口にした。薬を盛られれば疑えるし、目立てば狙われやすくなる。あえて自分を晒していく。早くこちらを狙う者を探すように。
一通りの雑務が終わりセブンスヘブンの最上階の執務室で息を吐く。陽も暮れかけそろそろ小夜も帰宅する頃だろう。
そう思い迎えの車を呼ぼうとした瞬間大きな音を立てて窓ガラスが割られた。背を向け薄く結界を張っていたとはいえ異常自体に机に上り振り返る。
「やっとお目見えだ。七原の当代」
黒い少年。黒い学生服に黒髪に二点の灯る赤い瞳。刀を手にし割れた窓に佇んでいたのは外見は小夜くらいの歳の少年だった。
「一応対古きもの用にも作ってあるんだけど簡単に破られたね」
小夜と同種の古きもの。人の形で此世に在る古きもの。煌々と灯る赤で証明される。小夜と同じ存在なのだと。
「交渉に来た。小夜を渡してほしい」
「小夜が望めば」
「文人様!」
扉が開け放たれ九頭がやってくると少年の刀が喉元に突きつけられた。動けば一振りだろう。立ち位置を間違えたかもしれないと呑気に考えながら後ろの九頭に来ないよう手で示す。
「彼女は自分からは来ない。人に執着している。昔から」
「回りくどいことをしていたみたいだけど初めから彼女を狙えばいいことだよね」
「文人様、先程小夜が謎の面の人物に襲撃されました」
「仲間?」
少年は答えない。でもこのタイミングだ。そうなのだろう。同時に襲撃。狙いは両方。
「君は七原の術も知ってるね。多少使えるみたいだ。人の使い方も知っている」
小夜と同じでも辿ってきたものは違うのだろう。
「記憶の懐柔をお願いしたい」
「それこそ君がやればいいんじゃないかな。小夜と同じなら血には困らないはずだ」
切っ先が喉元に更に突きつけられ鋭い痛みを感じた。
「僕では小夜は抵抗し記憶を戻してしまう」
「それはこちらも同じだよ。君は何か小夜に隠した記憶があるのかな」
切っ先が一瞬離れ肩に向けられた隙に九頭に合図を送ると鏡が割れた音と共に少年の両側に残っていた窓ガラスが爆発した。風に飛ばされ机から飛び降りた。
「文人様」
「ちょっと待って」
爆煙が収まるまでもなく人影があるのがわかる。駆け寄る九頭を制して立ち上がった。
「小夜は長くは留まらない。いずれお前とも齟齬が生まれる。これは交渉だよ。七原の当代が小夜という古きものを手に入れるための。僕は小夜が欲しいだけだ」
少年は言い残し後ろへ跳ぶとそのまま背から倒れ姿を消した。
「お怪我は、文人様首を」
最近の小夜の言動が急いでいるように思えていた。小夜は襲撃者を見つけたあとどうするつもりなのか。小夜は長くは留まらない。僕は小夜に何ができるのか。敗者としてなのか、七原の当主としてなのか。どちらも違うのだとわかっている。
「君が欲しいよ、小夜」
呟く言葉の先に彼女はおらず、首の浅い傷が微かに痛んだ。
H27.12.14