先生と生徒
「七原長官、ではなく七原先生」
「小夜ちゃん、どうしたの?帰ったと思ってたよ」
先程帰宅していったはずの小夜がすぐに教室に戻ってきた。
僕がいるのを確認して安堵した様子で教室に入ってくる。
「学校では長官じゃないよ?」
「すみません。学校が終わると出動が多いのでつい癖で……気をつけます」
魔法少女隊浮島が古きものの戦う。それがこのシナリオの設定だった。
小夜は普段は学校に通い、古きものが現れた時は魔法少女隊浮島の一員として戦いに出ていた。
「それでどうしたの?」
「はい、今日も出動がないようなので七原先生に教えていただこうと思いまして」
言いながら小夜は鞄を机に置き、中を探り出す。
「あ!お時間大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
そう返すと小夜は鞄から教科書とペンを取りだし、こちらに近づいてきた。
「ここが何回やっても解けなくて」
教科書を広げ数式をペンで指す。小夜の横顔を見ると眉間に皺を寄せ数式を見つめていた。あまりにも真剣な様子に笑う。
「ここは……」
教科書に視線を戻し小夜がわかるように教えていく。
小夜は頷きながら理解すると表情を明るくさせた。
「わかりました!ありがとうございます」
「眉間の皺を取る手伝いができてよかった」
小夜がこちらに顔を向けた瞬間人差し指で軽く眉間をつついた。
驚いて目を見開きすぐに片手で額を押さえる。
「何だか恥ずかしいです……」
「可愛いけどずっと難しい顔はさせていたくないからね」
恥ずかしそうに俯いた小夜に言うと小夜が上目遣いで見てくる。
笑むと額から手を離す。
「七原先生は優しいですね」
「優しい?」
「はい。私はそそっかしくて勉強もわからない事も多いのに七原先生は優しいです」
小夜の言う優しさとは何だろう。今接している事だろうか。
ならばそれは優しさではない。小夜だからそうするのだ。
「勉強楽しい?」
「はい!」
学校という形を保つためのものに過ぎない。小夜には必要ないものだろう。でも小夜は喜ぶ。なぜ?記憶を書き換えているから?
「いつかこの浮島にも人が増えて生徒も増えたら私も七原先生みたいに教えられたらと思っているのですが……今のままではまだまだ無理ですね」
苦笑しながら小夜は未来を語る。
「小夜ちゃんが守れたらきっと叶うよ」
「そうですね!小夜は負けません!」
小夜は片手を握りしめて宣言するように力一杯告げる。
すぐに片手を下ろして僕をじっと見上げてくる。
「どうしたの?」
「七原先生にはお世話になってますからやはりお礼をと考えたのですが思い付かなくて。何か私にできることはありませんか?」
すぐにそんなの気にしなくていいよと口に出そうになったが留まる。
しばし考えるふりをして宙を見上げてみる。その間小夜は僕をずっと見つめていた。
「“七原先生”じゃなくて“文人先生”って呼んでほしいな」
焦らすように間を作りしばらくして視線を合わせて告げた。
小夜は首を傾げる。
「呼び方を変えるのがお礼になるのでしょうか?」
「うん。小夜ちゃんに名前呼ばれるの嬉しいから」
「私も七原先生に呼んでいただくと嬉しいです」
「なら、ね?」
小夜は理解したのか姿勢を正して大事な事を言うような真剣な顔つきになる。
「わかりました、文人先生!」
「ありがとう、小夜ちゃん」
頭を撫でると小夜は笑顔になる。
小夜に名前を呼ばれるだけでよかった。このシナリオもすぐに終わる。
「文人先生」
呼ばれるのも今だけだ。
H24.6.28