【瀬】【淵】


【瀬】


生まれた時から古きものを狩る宿命。
でも私の意志でもあった。ひとの世を守るために、狩り続ける。


「はっ……」

刀を振り古きものの血飛沫が舞う中、乱れた息を整える。
ひとよりも一回り大きな古きものが力をなくし地面に倒れる。
ひとけのない林の中、風もなく静寂に包まれる。
終わっても終わりはない。

「小夜」

背後から声が聞こえ振り返り刀を構える。
木々の間から差し込む月明かりに照らされて男の姿が見える。

「……文人」

男の事はよく知っていた。常にスーツを纏い一見無害そうな笑みを浮かべながらもその血と術で古きものを従えている者。

「小夜は強いね、ひとなのに凄い」
「秀でているものなどない。私は古きものを此の世から彼の世に返す、それだけだ」

斬りかかるタイミングを見計らう。だが隙はなく文人が一歩近寄ると一歩後ずさる。
文人はひとの形をしているが古きもの。ひとである私が挑んだところで太刀打ちはできない。

「僕を殺したいんだね、小夜」
「もう古きものを狩る一族はお前に殺された。ならばせめてお前を殺さなければ……」

自分の言葉に違和感を感じる。
私は確かにこの男を殺さなければいけない。ひとを守るために止めなければいけない。
私を拾い育てた七原の一族は文人に殺された。だから私は文人を殺す。
認識はしているのに違和感を感じ顔をしかめる。

「君はひとで、僕は古きもの……」
「寄るなっ!」

構わずに寄る文人に刀を向けるも斬る意志のない刃など意味はなく文人は私の目の前に佇み、文人を見上げた。

「やっぱりわからないね」
「何が、だ」

先ほどからの違和感と文人の言葉に混乱する。

「変わらない」
「だから……」

何がだと問う前に文人は刃を指先で掴み上げた。
その光景を何も言えずに見ていたのは一瞬だったはずなのに長く感じた。動けずにいると刃に赤い血が滴る。
文人は刃を手で握っていた。

「これは古きものの血だよ、小夜」

刃から手を離し私に見せるように切れて赤く染まった手のひらを顔に近づけてくる。

「この血と術で君を古きものにできないかずっと考えてる」
「ふざけるな!」

その言葉に怒り、刀を振るうと文人は引いて避けた。
開いた距離は詰めずに刃についた血を振り払う。
楽しんでいるかのように笑みを見せる文人を睨み付けた。

「変わらない。綺麗だね、小夜」

文人は会う度にそう言ってくる。何がそう言わせるのか興味はない。

「ふみとぉぉおおお!!」

駆け出し思い切り刀を振るうが手応えはなかった。
いつもそうだ。私を煽るような言動をしながら去る。
憤りはどうしようもなく燻り続け蓄積されていく。

先ほどの違和感はいつしか潜まり、月を見上げる。
私はただ狩り、守る。それでいい。


【淵】


気づけば唐突に始まっていた。
まるで自分で作った設定の舞台。違うのは演じているのは僕だけ。


「記憶とは違うものがあるのはおかしな感じだね」

ビルの屋上の縁に座り足を宙に投げ出して呟く。
手のひらを見つめ、軽く握る。
この舞台では僕はひとではなく古きものだった。何かが変わるわけではない。立場が変わっただけ。それは些細なことで血と術を使って古きものを従えた。

「でも小夜の幼い姿を見れたのは良かったかな」

小夜にも会いに行ったけれど小夜は僕を知らなかった。
数年前に七原と殯の一族は始末した。ここでは小夜は七原に拾われているらしくひとになっても古きものから離れてはいなかった。
朱食免はこちら側にある。小夜は約定の証である朱食免がどんなものかは知らないだろう。

「……随分と都合のいい舞台だ」

七原のものではない今の僕は記憶から術を使えた。多少使用できないものはあっても今のところ不都合はない。

「……」

風がやみ立ち上がる。振り返り扉を見つめた。

「ふみ、と……」

制服を身に纏った小夜が身体で押し開けるように屋上に足を踏み入れる。
制服は所々破れ赤い血は至るところから流れていた。ひとの身では立っているのでやっと、気を抜けば倒れこんでしまいそうだ。
小夜は僕への憎悪だけでそこに立っている。

「綺麗だね、小夜」
「……黙れ」

憤りを露にしながらもこちらには向かってこない。
一人になった小夜は古きものと戦いながら僕を目指した。勝てないとわかっていても向かわずにはいられない。
今の小夜には僕しかいない。

「小夜」
「呼ぶな……」

会うのは数ヶ月ぶりだった。見た目は現実の小夜と同じぐらいだろう。今の小夜は見た目のままの年齢だ。
小夜へと近づいていく。小夜は少し後退りながらも刀を構えた。

「文人っ!」

間合いに入った瞬間小夜が動き出す。
いつものやりとり。いつもは避けるだけ。でも今は避けるだけではなく小夜の手から刀を落とし、地面に落ちた刀を蹴り飛ばした。

「っ……」
「会うのはあの林以来だね」

小夜が驚きながらも刀を取ろうと駆け出す前に手を掴んだ。
振り返り強く睨まれ、手を振りほどこうとする。

「小夜は僕を殺したいのかな」
「離せ!」

自由なもう片方の手が振り上げられ、下ろされる瞬間に掴む。

「でも僕を殺したあと小夜はどうする?ずっと古きものと戦っていく?」
「そうだ」
「ひとりで?」

真っ直ぐ見据えられた瞳が揺らぎ、足をかけ身体を倒した。
見上げてくる小夜の瞳は赤く染まることはない。

「……何が言いたい」
「何だろうね」

はぐらかすと小夜は逃れようと身体を暴れさせる。
すぐに無駄とわかったのかおとなしくなり僕を真っ直ぐ見つめた。

「私は変わらない。どんな状況でも狩り、守るだけだ」

変わらない。
どんなに都合のいい矛盾した舞台ですら変わらない。

「欲しいよ、小夜」

囁くように言うと小夜は睨む。そこに赤い幻影を見た。
変わらない。この舞台の小夜は瀬にいてわからないけれど、僕たちは変わらない。それを淵にいる僕は知っている。
僕も瀬にいたなら変わったのだろうかなどとは思わない。小夜と僕は流れの変わらない川にいるようなものだから。



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