姫(になる可能性のある女の子)と魔法使い


「綺麗になりました!」

階段下の雑巾掛けが終わり額の汗を拭った。

「掃除は終わったの?小夜さん」

バケツに雑巾を入れ絞り立ち上がろうとするとそこには香奈子お母様がいた。

「はい、言われたとおりここの雑巾掛けは終わりました!」

勢いよく立ち上がり告げるとお母様は視線を下げ、床を見回す。

「次はこの階段よ、小夜」
「階段ですか?」

二階から優花姉様が降りてくる。
優花姉様に続くようにもう一人の姉様が慌てた様子で一段ずつ飛ばして降りてきた。

「おい、お母様!俺の、じゃなくてわたくしのリボンがないわよ!これじゃあ舞踏会に間に合わねぇ」
「落ち着いて、慎……子さん」
「落ち着いていられるかよ!舞踏会で王子と結婚できれば玉の輿だぞ!?」

慎子姉様の言葉に今夜は舞踏会だと思い出す。

「少なくともそんなんじゃ逸樹王子には選ばれないんじゃない?」
「なんだ……なんですって?」

優花姉様も階下に降りてきてやりとりを聞いていた。

「そうね、逸樹王子の好みは……」

お母様の視線が私に向けられ姉様二人も私を見る。

「そうよ!きっと小夜が俺のリボンを取ったのよ!」
「そういえば私のドレスもないのよね」
「私のネックレスもなかったわ」

三人の言葉に検討がつかず首を傾げる。

「小夜も着ていくもの用意してたわよね?」
「はい」
「ならそれを三人で分ければいいわ。掃除も途中だし小夜は残って掃除ね」
「当然だろ!」
「舞踏会がよくわからなかったので助かりました。掃除をして待ってますね!」

雑巾を握りしめてやる気を見せるとどこか呆れたような表情をされ、三人は仕度をし舞踏会へ行ってしまった。


「あとはこのお部屋だけでしょうか」

まだ掃除を終えていない部屋はこの部屋で最後。
バケツを置き、モップで床を磨き始める。
ふと窓を見ると月が見えた。

「綺麗だね」
「はい!……どなたでしょう?」

背後から声がし振り返るとそこには黒ずくめの布で身体を覆っている男性がいた。

「魔法使いさんだよ、小夜ちゃん」
「私の名前をご存知なんですか!?」
「魔法使いさんだからね」

柔らかい笑みを浮かべ手にした棒を掲げる。
魔法使いと言われても魔法がどんな物かわからずに首を傾げる。

「君のお願いを叶えられる力を持ってるんだ。舞踏会に行きたいならドレスも用意できるし王子の心も手に入れられる。お姫様になれるんだよ」
「願い……」

モップの柄を握りしめ俯く。

「私はこうして掃除をしていられるだけでいいです」
「掃除が好きなの?」
「誰かと一緒に住んで、そのお家を掃除できるだけで……っ」

顔を上げて魔法使いさんに告げようとすると頭が痛みふらつく。モップを支えに倒れずにすんだ。

「他にお願いはないのかな?」
「他に……?」

“願い”という言葉に胸がざわめく。
はっきりとしたものが浮かぶわけではないのに、確かに私は何かを願っている。

「思い付かない?」
「……すみません」
「謝らなくていいよ」

魔法使いさんはベッドに近寄り腰をかけた。

「じゃあ小夜ちゃんのお願いをきくまでそばにいようかな」
「どうしてですか?」
「どうしてだろうね?」

問いに問いで返されてしまい困る。
でもそばにいるという言葉に胸が高鳴った。

「……いつになるかわかりません」
「いいよ」
「魔法使いさんでも無理かもしれません」
「小夜ちゃんのためなら何でもするよ」

どうして私のためにそこまでするのかという言葉が出掛かり飲み込む。
先程と同じように濁されてしまうだろう。

「ではよろしくお願いします、えと……お名前を伺ってもいいですか?」

訪ねると手招きをされ近寄ると隣に座るよう促され腰掛けた。

「文人だよ、小夜ちゃん」
「文人、さん。よろしくお願いします、文人さん」

改めて告げると魔法使いの文人さんは笑ってくれた。



H25.2.18