休日にカフェギモーブで昼食をいただいたあと、いつものように文人さんが珈琲の準備をしてくれていた。

「あれは薪ストーブですよね?」
「奥の?うん、そうだよ」

ふと以前ののさんやねねさん、優花さん、委員長とここを訪れた時の事を思い出した。
文人さんは珈琲の準備をして背を向けていた。

「皆さんが薪ストーブは初めて見たと言っていたんです。珍しいのでしょうか」
「あまり使わないかもしれないね」

話しながらカウンターの椅子から離れ奥の薪ストーブに近づく。
薪ストーブから天井に繋がっている管のようなものを見上げてストーブに視線を戻し屈みこんだ。

「この中に薪を入れるんですね」
「うん」

正面に開閉できる口があり薪を入れるのだとわかる。

「突然どうしたの?」
「皆さんと冬になったら雪が積もるという話をしていたら冬が楽しみに……」
「小夜ちゃん?」

後ろから聞こえる文人さんの声が遠くに感じた。
そっと薪ストーブに触れる。今は冷たい。使っていないから当然だった。
私はこれを知っている。なのにこの場所で使っていた記憶が見つからない。
使い方は知っている。暖をとった事もある。でもこの場所ではない。

「私は……」
「小夜ちゃん」

肩に重みがかかった。恐る恐る振り返ると文人さんの手が両肩に置かれていた。
見上げると心配そうに私を覗きこむ。心配をかけてはいけない。

「すみません。少しぼんやりしてしまって」

振り向いたまま視線を俯かせると顔を上向かせられた。

「文人さん?」

上向かせられて顎に指先が触れたまま。文人さんは心配そうなまま私を見つめていた。

「大丈夫?」
「はい、すみません」
「辛かったら言って。頭痛くない?」
「……少し」

心配をかけてはいけないと思うのに、私が否定しても見抜かれてしまう。だから正直に告げた。強制的ではない。むしろ言える事に安心する。

「それじゃあ、少し休もうか」
「え?あ、あの」

肩と顎から手が離れたかと思うとすぐに身体が浮かんだ。
文人さんに抱き上げられたのだとすぐにわかる。

「大丈夫です。すぐに帰りますから」
「駄目。休んでいって」

文人さんを制止することはできず奥の扉を通り階段を上がっていく。
二階にある部屋のベッドに身体を横たえられた。

「本当に……」
「心配だから休んでいって。小夜ちゃんが眠るまでいるから」

起き上がろうとして両肩をやんわりと押さえられてしまい起き上がれなかった。
文人さんが頬を撫でて、光を遮るように目の上に手を翳した。
薄暗くなる視界に促されるように目を閉じる。すると目蓋に柔らかい感触が触れた。文人さんの手だとわかると息を深く吸い、吐いて身体の力が抜けていく。

「私が眠っても……」

小さな声で伝えようとしてやめる。これ以上手間をかけさせてはいけない。
目蓋から手が離れて頭に触れた。

「いるよ。ずっとそばにいるから」

その言葉を聞いて私は誘う眠りに身を任せていく。

「冬はこのあたりは積もるよね。雪かきが大変で小夜ちゃんと唯芳さんがここに手伝いに来てくれる」

遠くで文人さんの声がする。

「小夜ちゃんが薪割りの手伝いをしたがっても唯芳さんが危ないからってやらせないんだ」

語りかけるような声は内容はぼんやりとしか聞こえないはずなのに頭の中に入り込んでくるようだった。

「暖まったカフェギモーブでいつものように小夜ちゃんは珈琲を飲む。美味しいって言いながら」

薄く残っていた意識も更にぼやけて暗くなっていく。
完全に眠りに落ちる前に頬を撫でられた気がした。



H24.7.21