つくりもの


カフェギモーブの二階にあるベッドに座り、眠る小夜を見つめていた。
先程までいた唯芳は下がらせて部屋には小夜と僕しかいない。

ふとしたきっかけで小夜は記憶が戻りそうになる。今回は小夜が自分で眠ってくれてよかったけど、眠ってくれない時は唯芳が到着するまで待たなければいけない時もあった。頭痛でそのまま意識を失ってしまうこともある。
小夜は日増しに不安定になる頻度が高くなった。
最もメインキャスト数人が故意に不安定にさせてるのも見受けられたが。

「わかって選んだけど思ってたより短くなりそうかな」

天井を見上げて苦笑すると小夜が身動ぎ寝返りをうち横向きになった。
巫女服を纏い、髪を一つに束ねている紐に手を伸ばしほどく。

『刀が……』

記憶喪失状態にした時の小夜が言った言葉。
その時はそれを引き金にするように小夜は記憶を取り戻した。
だからできるだけ違和感を持たせないよう設定を考えた。

「記憶を取り戻すと赤い瞳で見てくれたね、小夜」

顔にかかる髪を払い頬に触れる。
一番設定を考えなければいけないのは“七原文人”だった。少しでも憎悪を思い出させてはいけない。
それだけ強い感情を向けられているという嬉しさがあったがこの実験では厄介でもあった。

「君の感情はどこまでが作られたものなんだろうね」

父様と慕い、話をする小夜を思い浮かべる。あれは近い者に向けられるものだろう。

『文人さんっ』

笑顔で僕の名を呼ぶ小夜は作ったものだ。きっと唯芳以外への感情は全て設定上からくるもの。

「小夜ちゃん」

この呼び方も設定でしかない。でも気に入っていた。

「ん……」

微かに声がして起きるかと思ったが起きる気配はなかった。
かわりに片手がシーツの上をゆっくりと這い上がっていく。何かを求めているかのように。
頬に触れていた手でその手に微かに触れると止まった。

「小夜ちゃん」

もう一度呼ぶと小夜の手が僕の指先を掴んだ。
その光景をただ見つめていることしかできなかった。


「……文人さん?」

やがて小夜が目を覚まし、寝ぼけ眼で僕を見上げる。

「おはよう、小夜ちゃん」
「おはようございます」

笑みを浮かべて挨拶を返す小夜だがすぐに瞬きをして掴んでいる手と周りを見回した。

「私眠ってしまったんですか!?」
「疲れてたみたいだから運んだんだ。体調はどう?」
「すみません!体調は大丈夫です」

慌てて起き上がりベッドから出ようとする小夜の肩に手を置き止めた。

「ゆっくりでいいよ」
「……ありがとうございます。あ!すみません。ずっと握ってて」

はにかんで礼を言ったかと思えば掴み続ける手を慌てて離す。忙しない小夜の言動に笑った。

「いいよ。一階に戻ろうか」

立ち上がり、小夜に手を差し出す。
差し出した手と僕を交互に見つめる小夜に促すように更に差し出した。

「はいっ」

意図がわかったのか差し出した手に手を重ねて立ち上がった。

「雪の日もこうして小夜ちゃんの手を引いたね」
「そうですね。ご迷惑ばかりかけて……」

俯く小夜の手を引いて歩き出す。

「いいんだよ。僕がこうしたいんだから」

階段に差し掛かり振り返って告げると小夜は顔を上げて笑った。
どこまでが作られたものなのか。でもこの記憶は記憶を取り戻した彼女には残るだろう。



H24.7.26