空間


「小夜ちゃん暑い?」
「そうですね。走って帰ってきたのもあって少し暑いです」

学校の帰り、カフェギモーブに寄り店内に入ると文人さんが聞いてきた。
今の状態を確認するように視線を宙に向けて返す。

「それじゃあこれの出番だね」

文人さんが言いながらカウンターにある物を載せる。

「これは何でしょう?」

近寄りながら首を傾げる。上部にレバーのようなものがあるけれど下ろすわけではないようだった。

「これはかき氷器だよ」
「かき氷器?」

文人さんは頷くとレバーのようなものを握り回し出す。予想していない方向へ回ったために驚く。

「見たことない?」
「はい、初めて見ました!こちらでかき氷を作れるんですか?」
「ここに氷の塊をセットして削ると下に削られた氷が出てくるんだよ」

文人さんが中段と下段にある隙間を指さしながら説明してくる。
前のめりになりながらその説明を聞いた。かき氷は食べたことがあるけどどんな光景になるのか想像できなくてわくわくしてしまう。

「小夜ちゃんやってみる?」
「いいんですか!?」

顔を上げると文人さんを驚かせてしまったようだった。すぐにふきだすように笑われてしまう。

「……すみません」
「ううん、凄く可愛いよ」

文人さんの言葉に更に恥ずかしくなり俯く。

「それじゃあ作ってもらおうかな」
「はい!」

文人さんがかき氷器に氷をセットしている間に鞄を置いて、以前用意してもらったエプロンをつけようと壁のフックにかけられているエプロンを手にした。
あれから掛けられてるのを見る度ここも私の居場所なのだと実感して嬉しかった。

「小夜ちゃん、用意できたよ」
「はい」

エプロンをつけてかき氷器に近寄る。

「参ります」
「はじめはちょっとやりにくいかもしれないけど頑張って」

レバーをしっかり握りゆっくりと回しだそうとすると予想よりも固く力を入れた。
次第に動き出してレバーが回り出す。氷を削る音が響いてくる。

「最初からうまくできるなんて凄いね、小夜ちゃん」

言われながら器の置かれている下部を除き込むと削られた氷が落ちていた。その落ちる様子が微かに雪を過らせる。

「大丈夫?疲れたら代わるから言って」
「大丈夫です。楽しいですから!」

そう返すと過ったものは消えていて、氷を削る事に集中した。


「ふわふわなんですね」

席に座り出されたスプーンで削った氷を軽くつつく。

「小夜ちゃん、シロップ……かけてないのに食べちゃったんだね」
「す、すみません!美味しそうで」

背を向けていた文人さんが容器を手にしながら振り向くと驚いたように言った。
私は口にしたスプーンを慌てて取る。口にした氷はすぐに溶けてしまったけれど口のなかに冷えが残った。

「氷だったでしょ?」
「はい。ですが何だかふわふわしてすぐに溶けて心地いいです」

文人さんは笑いながら容器を私の前に置いた。赤い液体が中に入っている。

「苺シロップしかなくてごめんね」
「いいえ!かき氷といえばやはり苺です!」

言いながら容器の蓋を開けて氷の上の方から少しかける。下の方に染みていく様が綺麗だった。

「先に氷を食べてしまいましたが、改めていただきます」

スプーンで氷を掬い口にすると冷たさに甘さが加わり美味しかった。

「美味しい?」
「はい、とても!文人さんは食べないんですか?」
「僕は食べないよ。ずっと店内にいるから暑くないしね」
「そうですか……」

一人で食べることに寂しさを感じながらかき氷を食べていく。
すぐに嗅ぎ慣れた香りがして目の前にカップが置かれた。

「冷たいのを食べたあとだと嫌かな?」
「そんなことありません!文人さんの淹れてくれた珈琲大好きですから」
「よかった」

カップを手にして珈琲を飲む。残る冷えのせいか珈琲の熱さをいつもより感じてそれが私を安心させる。

「ありがとうございます」

この空間を私の居場所にしてくれる文人さんにお礼をいう。
文人さんは笑みを浮かべて頭を撫でてくれる。
撫でてくれる手も好きでその感触を確かめるように目を閉じた。



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