うたたねに
「っ……!」
眠りから覚め身体を起こすとそこは教室だった。
前には私を見る優花さん、ねねさん、ののさんがいる。
「小夜、大丈夫?何度呼び掛けても起きないから」
「小夜ちゃんこのまま今日は学校にお泊まりかと思ったよ〜」
「それでしたら遅刻せずにすみますね。先生にもご迷惑をおかけせずにすみます」
「小夜ちゃん、冗談だよ。冗談」
ねねさんとののさんが片手を合わせて私に笑いかける。
優花さんが私の机に手をついて覗きこんできた。
「何か夢でも見た?それとも疲れてて熟睡?」
「疲れてはいないのですが……夢を」
俯いて考える。朧気にだが誰かが目の前にいた。
「あ!夢見てたんだ〜」
「どんな夢?」
「朧気でわからないのですが誰かが私の前にいるんです」
手繰るように話しながら夢の情景を思い浮かべていく。
でも目の前にいる人影が誰かわかることはなかった。
「小夜ちゃんの好きな人だったりして〜」
「もしかしたら小夜ちゃんを思ってる人かも」
「「ねー、逸樹ちゃん」」
「そこで何で僕に振るかな」
ねねさんとののさんが私の後ろに視線を向けて同時に委員長に呼び掛けた。
振り返ると委員長は帰りの支度をしているようだった。
「委員長、ですか?」
「その二人の言うことは気にしないで、更衣さん」
「でも夢に出てきた相手が好きな相手ならその相手も自分が好きで両思いの証とか言うよね」
「優花ちゃん乙女〜」
「似合わな〜い!」
ねねさんとののさんが優花さんをからかうように言い離れると優花さんが追いかける。教室内を回る三人が楽しそうだった。
「誰か心当たりあるの?」
「え?」
いつの間に委員長が真横にいて反応に遅れてしまう。
委員長は苦笑しながら付け加えて言い直した。
「さっきの話の思い人。思われる方でも思う方でも」
「……父様でしょうか」
「そういう親子ではない人で」
先程の夢をいくら思いだそうと誰かはわからない。
「思い当たるかたはいません」
「そうなんだ」
「ですが、もし私を思ってくださるかたがいるなら嬉しいです。夢でもいいのでそんなかたがいるならお会いしたかったです」
「……必ずいるよ」
「ありがとうございます」
帰り道を急ぐ。寝てしまっていたのもあり学校を出るのは遅くなってしまったけど、走ったおかげでいつもより少し早く帰宅できそうだった。
神社へ続く階段の手前で足を止めて振り返る。
お弁当箱を渡して帰ろうとカフェギモーブに足を向け、店内に入った。
「ただいま帰りました」
言いながらカウンターに目を向けるとそこには誰もいなかった。
明かりはついているしいないということはないのではないかと思い店内を見回すとテーブル席の椅子に座っている文人さんらしき後ろ姿が見えた。
「……眠っていらっしゃるんですね」
近づいて回り込むと肘ついて眠っている文人さんが座っていた。
「何か掛けた方がいいのでしょうか?」
周りを見てみても掛けられそうなものはない。
二階ならベッドがあるしそこから何か掛けるものを持って来ようか思案する。
「ですが勝手に二階にあがるのは失礼ですよね……」
少し考えこんだ結果、自分の身体を見つめる。
暖は取れるはず。起こさないようにそっと被されば大丈夫と文人さんに近づく。
「小夜……」
もう少しで身体に被さろうとした時文人さんの口が微かに動いた。小さな声で、でもこの距離なら確かに聞こえる声で私の名を口にした。
普段とは違う呼び方で。
「ん……小夜、ちゃん?」
「あ、はい!」
文人さんの瞳がゆっくりと開き目が合う。呼ばれて一歩下がった。
文人さんは寝起きのせいかぼんやりとしながら床を見つめて、少ししていつもの笑みを浮かべて私を見上げた。
「ごめんね、うたた寝してたみたいで」
「いいえ!お疲れならちゃんと部屋で寝た方がいいです」
「……そうだね」
「あの……」
聞こうか迷い言い澱む。
「……夢を見ていたんですか?」
「夢?どうして?」
唐突な質問に理由を聞かれるのは当然だった。
「私の名前を呼ばれていたので……」
文人さんが少し驚いたような表情を見せる。でもすぐに笑んで頷いてくれた。
「確かに小夜ちゃんが出てくる夢だったよ。本人に知られるのは恥ずかしいね。」
「嬉しいです」
「嬉しい?」
「はい」
先程の夢の話が過り、文人さんの夢に私がいたと知って嬉しくなった。文人さんの事が大好きだからもしかしたらだから私が出てきたのかもしれないと思うと嬉しい。
文人さんは不思議そうに私を見ながら苦笑して視線を逸らす。
「……強く思ってるから見るのかな」
その呟きに首を傾げると文人さんが再び私を見上げた。
「ずっと見てきてるからね。小夜ちゃんの事は常に考えてるよ。でも目の前にいるのに夢でも会いたいなんておかしいかな」
「そんなことありません。私も文人さんに夢でもお会いしたいです」
「ありがとう」
文人さんが椅子から立ち上がる。カウンターに向かいながら振り返った。
「せっかく来てくれたし珈琲飲んでいって」
「ですがそろそろ帰宅しないと……」
「大丈夫。小夜ちゃんが寄る場所はわかるだろうから唯芳さんが迎えに来てくれるよ」
「……ではいただきます」
「うん」
珈琲を淹れる準備をする文人さんを見つめる。
文人さんは夢に出てきたのが私だとわかっていた。なら私の夢に出てきたのは誰だったのだろう。
文人さんは夢の中の私に会えたのだろうか。私は見ただけで会えなかった。私からは何も返せない。
そんなわけはないと思っても誰かが私を思って夢に出てきて、私が誰かを思って誰かの夢に出るのは素敵な事に思えた。
決して会えないとしても繋がっている。
「小夜ちゃん、座って待ってて」
「はい」
私はいつものようにカウンターの椅子に座り珈琲が淹れ終わるのを待った。
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