段階


いつもとは違う帰り道を辿る小夜を距離を置いてついていく。
考えごとでもしているのかそれとも記憶が戻りそうでぼんやりしているのか小夜の歩は緩やかだった。

やがて立ち止まり、ある場所を見つめていた。昨夜小夜が戦った場所。まるで昨夜のことが夢かのように跡形もない場所を見てどう思うだろう。やはり不審に思うだろう。
歩みを止めずに小夜に近づいていくと小夜が手で頭を押さえた。頭痛がするのだろう。記憶を戻すのを阻むように。

「小夜ちゃん」
「文人さん?」
「立ち止まってどうしたの?」
「いえ……」

小夜は視線を逸らす。何かを隠すような素振りだけど何も聞かない。
頭を軽く撫でて背に触れる。

「一緒に帰ろうか。せっかく会えたしギモーブに寄っていって」
「はい」

小夜は安堵したように微かに笑み歩き出した。


「もう少しここにいてもいいですか?」
「いいよ。珈琲もう一杯飲む?」
「いただきます」

小夜からカップを受け取り珈琲を注ぎ、小夜の前に置く。
小夜はカップには触れずにただ見つめていた。
そろそろ繋ぎ止めるのも無理があるのかもしれない。リセットするか終わらせるか。

「文人さんどこかへ出掛けられてたんですか?」
「うん。材料の仕入れとか手配しないといけないからね」
「町の外へ、ですか?」
「そうだよ」

小夜とはこのカフェ以外では会いには行ってもたまたま外で会うというのは珍しかった。だから聞いてきたんだろう。
一度は顔を上げた小夜は再び俯きカップを見つめる。

「私もいつかは外へ行くのでしょうか?」
「買い物とかではなくて?」
「……はい」
「小夜ちゃんは浮島神社の巫女さんだから難しいんじゃないかな。この町は嫌?」
「そんなことありません!大好きです!」

顔を上げて力強く言う小夜に少し驚く。
小夜は驚かせたことを謝罪して視線を俯かせた。

「皆さんが町から離れる事を少し話されていたので……皆さんいなくなってしまうんですよね」
「僕はいるよ」

ゆっくりと視線が上がり、目が合う。

「唯芳さんもね」
「そうですよね。ありがとうございます。何だか考えがまとまらなくて変な事を言ってすみません」
「さっきも言ったけど何でも話して」
「はい」

小夜の頭を撫でると視線を微かに逸らしながら嬉しそうな表情を見せる。
小夜のこの不安はどこからくるのか。記憶を戻そうとして不安定になってるからなのかわからなかった。
頭から手を離すと小夜が珈琲を飲む。幸せそうに。

「眠いなら少し寝ていいよ」
「ですが……」
「眠い時に少し寝た方が頭すっきりするよ」

躊躇する小夜。でも眠気に委ねるように目を閉じ、机に伏した。

「おやすみ、小夜ちゃん」


寝息が聞こえはじめるとかけていたレコードから針を外し電気を消す。もうすぐ陽が沈む時間で店内は薄暗くなる。
カウンター内に戻り、眠る小夜を見つめる。
そっと頭に触れても小夜は起きなかった。無防備に眠る姿は安心して身を寄せる動物のようにも思える。先ほどの嬉しそうな表情を思いだし、頭を撫でた。


その夜、小夜は設定の御神刀で古きものを倒さなかった。本来の小夜らしく確実にそして素早く仕留める方法で倒した。刀など使わずとも倒せると身体は覚えているかのように。

「次の段階にいこうか、小夜」

霧の中、倒れこむ小夜が映るモニターを見ながら呟いた。



H24.8.10