恐怖


夜の学園は昼と違って静まりかえっていた。
階段を上がり二階の廊下を歩いていく。教室も見ながら校内を見回っていった。


「あとはこの階と屋上だけですね」

確認するように呟き一番上の階の廊下を進んだ。

「……?」

もうすぐで階段というところで微かに音がした気がした。
気のせいか外の風の音などかもしれないと足を止めて耳を澄ます。
すると階下から足音が聞こえた。段々と音は近くなっていく。
壁に背をつけ、タイミングを見計らう。手にしていた刀の袋を取り捨てすぐに抜刀できるように構える。
上がりきるタイミングで出ようとしていると聞き慣れた声が聞こえた。

「小夜ちゃん?そこにいるの?」
「ふ、文人さん?」

つい声を出してしまい口を押さえた。でもすでに遅く文人さんが階段を上がりきり姿を現した。
慌てて刀を背に隠す。

「やっぱりここにいた」
「文人さんどうしてこちらに?」
「小夜ちゃんがこんな夜更けに出ていくのが見えて追いかけてきたんだ。途中見失っちゃったんだけど方向的に学園かと思って」
「そうだったんですか」
「それで、小夜ちゃんはどうしてこんな時間に学校にいたの?」

文人さんは少し困ったような表情だった。心配をかけてしまったのかもしれない。
でもすぐに答えられなくて無意識に背に隠した刀に目を向けてしまった。

「後ろに何かあるの?」
「いえ!あの……夜の学校は怖いと皆さんが話されていて」

ここを訪れた理由。でも最後までは言えなくて俯いてしまう。
夜の学校が怖いと話していて最初はどうして怖いのか首を傾げた。でももしかしたら古きものがいるのかもしれない。八卦には出ていないけれどもし古きものが潜んでいたらみんなが狙われる。
だから父様には内緒で御神刀を借りて学校にやってきた。いなかったのならいないでいい。いないと確認できればいい。
ここはみんなが通う場所だから守りたかった。

「それで興味をもって来ちゃったんだ?」
「え?あ、はい!そうです」

文人さんは納得してくれたようだった。でもすぐに屈んで人差し指を顔の前に出される。

「でも駄目だよ。小夜ちゃんは女の子なんだからこんな夜更けに一人で出歩いたら。心配するから」
「すみません……」

やはり心配をかけてしまったことで申し訳なくなる。
文人さんは笑みを浮かべて頭を撫でてくれた。その感触に安心する。

「気は済んだかな?まだなら付き合うよ」
「いいんですか?」
「もちろん。ということはまだ行きたい場所があるんだ?」
「はい」


そうして文人さんと共に屋上へやってきた。
屋上は視界が開けていて見渡しても頭上を見ても古きものがいる気配も姿もない。

「小夜ちゃん怖くなかった?」

私を横切り柵に向かいながら文人さんが問いかけてきた。

「怖い、ですか?」
「うん、夜の学校って人もいないし暗いから怖いでしょ?」

文人さんを追うように柵に近づいて、横に佇んだ。下には校庭が見える。

「確かに視界は悪いですが用心すれば大丈夫です」
「高くて怖かったりは?」

文人さんが少し前のめりになりながら私を覗きこむようにして下を指さした。
指した先を見ても地面しかない。このぐらいの高さなら問題もなく、着地に問題がありそうな物もない。

「この高さなら大丈夫です」
「そうなんだ」

文人さんは姿勢を戻して今度は空を見上げた。
追うように空を仰ぐと雲はまばらにあるも晴天だった。月も見えて綺麗な空。

「雷とかは怖くない?」
「大きな音には驚きますが怖くはないです」
「小夜ちゃんは怖いものはある?」

文人さんの問いに顔を戻すと文人さんと視線が合った。
微かに笑みを浮かべているようには見える。でもいつものような笑みではなかった。

「怖い、とは何でしょう?」
「恐怖、恐れだね。対処ができない、しづらいこと。自分の力が及ばない、それに遭遇すると混乱したりすることとかかな」

文人さんの言葉に当てはまるものを探す。

「……皆さんがいなくなることでしょうか。父様、文人さん、学園や町の皆さんがいなくなる。今の生活が壊れてしまうこと守れないことが怖いです」

文人さんが僅かに目を見開いて驚いていた気がした。的外れな答えだったかと思ったけどそれ以外先程の言葉に近いものはなかった。

「そうなんだ」
「はい」

すぐに文人さんは笑ってくれて、私は安堵した。

「僕も小夜ちゃんがいなくなるのは嫌かな」

頬に手が伸びて微かに触れて離れた。
その言葉に返せないでいると文人さんは背を向けて出入口へと歩き出した。

「帰ろうか」
「……はい」

どうして文人さんが悲しそうに見えてしまったのだろう。
私は聞けないまま足を踏み出した。手にした刀を握り締めながら。



H24.8.22