縋る


静かな町を一人歩く。
靄がかかったような感覚でも足は確かにどこかへ向かっていた。
身体は先程の戦いで疲弊し倒れ込みそうなのに私は家へ向かっていない。

「私は……」

ふらつく足を進ませる。刀は鞘に納まっておらず抜き身のまま手にしていた。
段々と町の出口に向かっているだと理解する。

「……ここから」

続きを口にする前に足は止まった。

「私は、どこへ……?」

困惑する。身体は進もうとするのに思考が阻む。目的がわからずに、それともわかっているからこそ迷う。
ここから出ていけばどうなるのか。

「いた……」

頭が酷く痛んだ。
だが痛みで発した自身の声音に違和感を覚えた。

「小夜ちゃん」

気配を感じずに聞こえた声に驚く。
後方からした声に振り返り刀を構えた。

「ふみと、さん」

声の主は振り返る前から誰かわかっていた。だから名前を口にした。なのに反射的に刀を構えている。

「帰らないと駄目だよ」
「……はい」

息が微かに荒くなる。頭の痛みで目眩が起こり頭を手で押さえた。

「外へ行きたかったのかな」
「そと?」

文人、さんが近寄り刀を持つ手が震える。

「外、だよ」
「っ……」

間合いに入った瞬間に刀を振り上げ下ろしていた。闇雲に振られた刀。それは近づくなと示すようだった。
文人は馴れたようにかわす。

「どうしたの、小夜ちゃん」
「……私は、小夜」

いつものように笑いかけて私の名を呼ぶ。
私は確かめるように自分の名を口にした。すると文人は声は出さずに口をゆっくりと動かす。

「き、さらぎ」

動きから読み取り私は声に出した。

「更衣、小夜」

刀を構えていられずに下ろし頭の痛みに抗うように手で押さえながら左右に振る。

「ご飯のあとだからかな」

抗うように耐えるように目を閉じ顔を俯ける。
すると声が聞こえ薄く目を開けると地面には月明かりに作られた自身の影があった。

『約定を守れ』

先刻の古きものの言葉が過る。そして私は膝から地に崩れ落ちた。刀の柄からは離さずに地を見つめる。

「私は……守る」
「そうだね」

荒い息の中、自身の目的を口にする。私は変わらない。守るのは人だ。ここは人を守れる場所だ。私のいていい場所。

「珈琲飲まないとね」

私の前に文人が屈み囁くように告げ、ゆっくりと顔を上げた。

「……文人、さんの淹れてくれた珈琲、大好き、ですから」

先程感じた自身への違和感はなくなっていた。
文人さんの手が伸びて私の口元を指で拭う。

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」

文人さんの手が刀を持つ手に触れて持つ力を緩めた。
刀を取られ鞘に納められる。

「帰ろうか」

立ち上がる文人さんを見上げると手を差し出された。伸ばしかけて自分の手に血がついている事に気がついた。

「小夜ちゃん」

呼び掛けられ手を伸ばすとその手を取られ、立ち上がった。

「はい」

鞘に納められた刀を文人さんから受けとると身体が浮いた。
文人さんに抱き上げられ少し驚くも何も言わずに進みだし、私も何も言わなかった。

「綺麗だね」
「……はい」

しばらく歩いて言われた言葉に空を見上げると綺麗な月が視界に入った。だから頷いた。

「眠っても大丈夫だよ」
「……はい」

優しい声に誘われるように刀を抱きしめ目を閉じた。
私を抱く感触と抱く刀に縋るように、この居場所に縋るように、眠りに落ちた。



H24.8.30