縋り


いつものように小夜は古きものとの戦闘後に、古きものの血を飲んでいた。
今の小夜は身体能力は秀でていても古きもの相手には苦戦することもあった。でも身体は覚えているらしく瞳を赤く染めると片がつく。その後、欲するがままに血を飲んだ。

「モニター越しなのが残念だよ、小夜」

夜闇の中に浮かぶ赤い光。その光景に釘付けになった。
やがて小夜は座り込んだまま動かなくなった。このまま倒れるかと思い見ていると立ち上がり、地面に突き立てた刀を手にしゆっくりとした足取りで歩いて行った。
その方向が浮島神社とは逆なのを確認すると小夜のあとを追うため立ち上がった。


小夜は浮島地区の出口へ向かっていた。あと少しで柵が見えるというところで呼び止めた。
混乱しているのかはたまたある意味正気なのか近づくのを拒むように刀を向け振った。闇雲に振られた刀を避けるのは用意だった。

『……文人、さんの淹れてくれた珈琲、大好き、ですから』

珈琲という単語を出すとずっと赤く染まっていた瞳は段々と消えた。
追う道すがら鞘を拾い、抜き身の刀を納め小夜に手渡した。
僕がここにいることに疑問を口にしない。まだ意識がはっきりしていないのがわかり、このまま眠るのが一番いいだろうと抱き上げた。
眠っていいよと告げると刀を抱くように身体を縮こませ目を閉じた。

『私は……守る』

小夜は人を殺せない。それを利用して作った人を守れという約束。
このまま行けば小夜は記憶を戻したかもしれない。でもその約束が彼女を縛る。

「その約束を破れば小夜は敗者になる。でも人を殺せるようにもなる。そしたらどうなるんだろうね?」

小夜が歩いてきたぐらいのゆっくりとした歩みで小夜を見つめる。
抜き身の刀のような少女。その少女を鞘に納めるように記憶を上書きした。

小夜から視線を外し前を向く。電灯も少ない道は先が見えづらかった。

『私は……変わらない』

納めて見た目を一見変えたところで中身は変わらない。でももしかしたら、と始めた実験。
変わればいいな、とは思う。でも確かめたいだけとも言えた。

「小夜、ちゃん?」

気づけば小夜は目を開けていた。どこか焦点の合っていない瞳は赤く染まり前を見ている。
ゆっくりと上げられる視線に足を止めていた。

「まだ眠っていて大丈夫だよ」
「……ほんとう、ですか?」

無表情なまま辿々しく言われる言葉に頷く。
やがて段々と瞼は落ちていき、頭を胸に擦り寄せるようにして眠ったようだった。
まるで捨てられた犬が拾われて怯えながらも身を寄せる様のようだと感じた。なぜそう感じたのかはわからない。実際そんな体験等ないというのに。想像でしかないものがなぜかあてはまる。
そういった知らない感覚は小夜と会ってから幾度と体験した。


腕の中に納まる少女が全て。縛られる小夜に縋るような、小夜にとってこの状況は縛られているのか。鎖で繋がられているのはどちらか。

「綺麗だね、小夜」

先程小夜が見上げていた空を見上げて呟き、再び歩きだした。



H24.9.3