上着


朝食後に出したギモーブも食べ終わり、小夜は珈琲を飲んでいた。
カップを置き、扉に視線を向ける。外は雨。外の様子を見ずとも雨音がよく聞こえた。

「小夜ちゃん、元気ないね」
「え?」

我に返った様子でこちらに顔を戻す小夜。否定はせずに顔を俯かせた。

「雨、嫌い?」
「嫌いではないのですが……洗濯物も干せないので」

確かに嫌いといったようには見えない。雨で気分が暗くなるという人もいるようだしその類なのだろうか。
今日は初夏にしては天気のせいか気温も低く感じた。

「小夜ちゃん、ちょっと待ってて」
「はい」

小夜に言い奥にある扉に入り階段をのぼる。
置かれている自分の上着を手にしすぐに小夜の元へ戻った。

「肌寒いからこれ着ていって」

上着を広げて小夜に見せる。
小夜は両手を前に出し断るのを表すように振る。

「私が着てしまったら文人さんの上着がなくなってしまいます」
「僕は今日はカフェから出ないから大丈夫だよ」

小夜に近づき上着を差し出す。

「それに小夜ちゃんが体調崩したら唯芳さんが心配するよ」
「父様が……」
「僕も小夜ちゃんが心配だから着てほしいな」

唯芳の名を出すと考えこむように俯く。
しばしして顔を上げ躊躇いがちに口を開いた。

「お借りしてもいいでしょうか?」
「勿論。そろそろ登校時間だから、はい」

上着は掲げたまま一歩下がると小夜は首を傾げた。

「着せてあげるよ」
「あ、ありがとうございますっ」

意図がわかり慌てて椅子から降り僕に背を向ける。
袖を通し襟を整えすぐに着せ終わる。

「大きいですね」
「僕のだからね。一応小夜ちゃんより身体大きいから」

自分の身体よりも大きな上着を着て、腕を伸ばし合わない袖をまじまじと見つめていた。
やがて身体をこちらに向け僕を見つめる。

「そうですよね。文人さんは私より大きいです」
「うん、小夜ちゃんも腕の中におさまるよ」

冗談混じりに両手を広げると小夜がその空間を凝視し制止した。

「小夜ちゃん?」
「は、はい!」
「そろそろ行かないと遅刻しちゃうかも」
「遅刻はいけません!」

鞄を手にし小夜を扉へ向かうよう促す、扉脇に置いていた傘を小夜が取り扉を開けた。
外に出た小夜は空を見上げながら上着の腕を抱くようしていた。

「上着、ありがとうございます。とても温かいです!」
「よかった」
「帰りに返しにきますね」
「明日でいいよ。近くても家まで温かい方がいいし」
「わかりました。ありがとうございます!」

振り返り笑顔で告げると傘をさす。

「いってらっしゃい、小夜ちゃん」
「いってきます、文人さん」

鞄を差し出し送り出す言葉を告げると小夜は受け取り学校へ向かった。


雨は深夜になっても止まなかった。
ひとけのない道路に古きものと共に倒れている小夜に近づいていく。
顔や髪についた血は雨が洗い流していた。灰色の上着は元の色を残しながらも赤く染まっている。

「小夜」

傘もささずに小夜と同じように雨に打たれる。
小夜の身体を起こり顔に貼り付く髪を払う。
上着を返すことを忘れていたとは思えない。でも小夜はここにも上着を着たまま来た。

『上着、ありがとうございます。とても温かいです!』

朝の小夜の笑顔と言葉が過る。
雨が降り続いていたから着てきたのだろう。温かいと言っていたから。

「寒いから早く戻らないとね、小夜」

小夜を抱き上げ雨で視界の悪い夜道を歩き出した。小夜を抱いて。



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