日常の香り


「「小夜ちゃんは猫派?犬派?」」

放課後、帰宅の準備をしているとののさんとねねさんに問われた。
何のことかわからずに首を傾げると優花さんが隣に佇む。

「猫と犬どちらが好きかってこと」
「どちらも大好きですっ!」
「あえて選ぶならどっち?」

帰宅の準備が終わったのか鞘総委員長が鞄を手にこちらに近寄ってきた。
ふと最近たまに見かける小さな犬さんの事が過った。

「猫……」
「猫が好きなの?」
「小夜ちゃん犬っぽいのにいがーい!」
「えー、そう?猫っぽいよね?」
「僕に聞かれても困るんだけど」
「いえ……やはりどちらも好きですっ!あ、時真さんはどちらがお好きですか?」

気にかかった事は口にせずに横を通る時真さんに声をかけた。

「は?」
「犬か猫、だよ」
「……犬」

それだけ言うと時真さんは教室から出て行ってしまった。


「結構分かれるものだよね」
「そうなんですね。皆さんばらばらでした」
「双子の子も分かれたのは意外だね」

帰り道にカフェギモーブに立ち寄り先程皆さんとした話を文人さんに話した。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

カップが目の前に置かれて香りに包まれるような感覚に安心する。

「それで小夜ちゃんはどちらも好きと答えたんだ?」
「はい……」

カップの取っ手に指をかけ持ち上げずに中身を見つめる。
猫は知っている。でも実際に見たことがあっただろうか。最後に見た記憶がない。

「小夜ちゃん、大丈夫?」
「えっ、はい!大丈夫です!」

文人さんの声に我に返り顔を上げた。
大丈夫だと告げても文人さんは心配そうに私を見つめてくる。

「……実は猫を実際に見た事を思い出せなくて。どんな動物かも知っていて、どちらも好きだという気持ちも嘘ではないのですが」
「そういえば浮島ではあまり見かけないね。飼っている人が少ないのかな。気にすることないよ。その気持ちは自然に出てきたものなんだから」

笑みを浮かべ指先が頬に伸ばされる。微かに撫でられ感触に安心し瞳を閉じしばらく身を委ねた。
感触が離れて瞳を開ける。

「文人さんはどちらかといえばどちらがお好きですか?」

問いかけると文人さんは微かに首を傾げ顎に手をあて宙に視線をやりながら考える素振りを見せた。

「どちらも、かな」
「文人さんも一緒ですね!」

私と同じ答えに嬉しくなる。

「可愛いからね」

視線を向けられ頷いた。
取っ手に指をかけたままだったカップを持ち上げ口をつける。小皿が置かれたのがわかり口を離すと二つの桃色のお菓子が乗っていた。

「どうぞ」
「ありがとうございます!」

ギモーブを手にし口に放る。珈琲の苦味とギモーブの甘味で口内が満たされる。文人さんが合うと思うと言っていた通りですっかり私の気に入った組み合わせになった。

「とても美味しいですっ」
「良かった」

気にかかっていたのが嘘かのように晴れ晴れしていた。
文人さんと話して、文人さんが淹れてくれた珈琲を飲み、作ってくれたギモーブを食べる。

「おかわりあるよ、小夜ちゃん」
「いただきます!」

笑って呼んでくれることが嬉しい。
空のカップを渡し、やがて再び珈琲の香りが濃く香りだし日常の香りに笑みが自然と浮かんだ。



H25.6.16