雨に濡れて


カフェの扉を開けて外に出ると雨が降っていた。昼過ぎから雲行きが怪しくなり、小夜が学校から帰宅してくる時間までは保たずに降りだした。

「歌……?」

一瞬空耳かと思ったけれど聞き間違えるわけがない。すぐに人影がこちらに向かってくるのが見えた。

「小夜ちゃん」

少し大きな声で呼び掛けると小夜が立ち止まり辺りを見回す。
突然呼び掛けられ驚いたのだろう。思わず笑いそうになりながら手を振ると小夜が気がつき駆け寄ってきた。

「おかえり、小夜ちゃん」
「ただいま帰りました!」
「ずぶ濡れだね。温かい珈琲出すから寄っていって」
「は……」

口を開いて頷こうとしたはずが顔を俯かせる。

「このまま入ってしまったらギモーブの中が水浸しになってしまいます」
「大丈夫だよ」

そう言ってもずぶ濡れになった自分の身体を見たまま小夜は動かない。

「じゃああとで一緒に掃除してもらおうかな」
「はい!」
「どうぞ」

店の中へ促すと小夜は恐る恐るといった風に足を踏み入れた。少しでも水浸しにしないようにしたいんだろうけど床には小夜から水が滴り落ちていく。

「はい、タオル。着替えはどうしようか……僕のシャツでも着る?」
「いいえ!そんなお借りするなんて!体育があったので替えの服は大丈夫です」
「なら良かった。……小夜ちゃん?」
「はい」

ネクタイを緩めだした小夜に呼び掛けるとしばし僕を見つめ、気がついたように目を見開いた。

「す、すみません!ここで着替えたら駄目ですよね!」
「駄目ってことはないけれど小夜ちゃん女の子だから。あの扉の奥を使って」
「はい」

差し出したタオルを受け取り奥の扉に入って行ったのを確認し珈琲の準備を始めた。
数分して体操服に着替え、髪を降ろした小夜が出てきた。

「はい、温かい珈琲」
「ありがとうございます!」

嬉しそうに言いながら席に座り、前にカップを置いた。

「文人さん?」

カウンターから出ると小夜が首を傾げる。
鞄と共に椅子に置かれたタオルを手にし小夜の背後に立った。

「髪、少し拭くね」
「ありがとうございます」

タオルで髪を挟み水分を取る。しばらくそうして拭き、指先で髪をなぞった。見た目も艶やかで触り心地もいい。

「走って帰って来なかったんだね」
「え?」
「雨に濡れたまま歌ってたから」
「やっぱり聞こえていたんですね……」

背後からでは表情は見えないけど微かに俯いて恥ずかしそうにしてるのがわかる。服を脱ぐ事よりも歌を聞かれる事の方が恥ずかしく感じるのも可愛らしく思えた。

「今日は暑かったので雨に打たれると冷える気がして」
「確かに雨が降って気温も少し下がった気がするね。この中寒かったりしたい?」
「大丈夫です」

振り返って答えると再び首を傾げた。瞬きを数回して視線をさ迷わせて両手で二の腕を擦る。

「……上着を」

呟いて中途半端に言葉は途切れる。
数日前小夜に上着を貸した記憶は残っていない。務めの時まで着ていった真意は不明のまま。

「やっぱり寒い?」

声をかけると合っていなかった焦点が定まり我に返ったようだった。

「寒い、のでしょうか?」
「珈琲淹れ直そうか?」

僕の言葉に顔をカップに向ける。

「これが飲み終わったらまた淹れて下さい」

そう言ってカップに口をつける小夜を見つめた。



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